第6話 進むべき道、将来の夢

 校長室では、クランチ校長とクワット先生が、天才魔法使いモカ・フローティンとその召喚獣マチョダ・ゲンキがやってくるのを待っていた。


 卒業予定者は、最後に召喚獣を従えて校長と最終面談を行う。そこで、自分の進むべき道を決定する。例えば、強力な魔力を持つ精霊を召喚したものは冒険者になったり、王宮魔術師として王に仕えたりする。逆に、大した魔力を持たないを召喚したのなら――例えば火の精霊であれば料理人になったり、土の精霊なら土木作業員だったりと言った具合で、自分の精霊と魔力の量に見合った職に就くのだ。


「クランチ校長先生、モカ・フローティンの進路はどのようにお考えですか?」

「魔力ゼロ、属性筋肉……。前代未聞の召喚魔法だったからなぁ」

 そう言って校長は窓の外を眺めた。彼の心の中では、モカの進路はすでに固まっているのだが、わざとお茶を濁した。


「失礼します」


 モカ・フローティンの声がして校長室の扉が開いたのに、中に入ってきたのはマッチョだった。クワット先生はあれ、モカ・フローティンってこんなに大きかったっけ? と一瞬不気味に思ったが、目の前にいるのは召喚魔法によって呼び出された人間で、彼女はマッチョに抱えられていることに気がついた。


「そ、そろそろ降ろしてもらえませんか」

 モカの声に、マチョダも思わず「おお、すまなかった!」と優しく彼女を床へと下ろした。

 小さな天才魔法少女モカ・フローティンと召喚されたマチョダ・ゲンキ。その身長差は40センチ以上。パッと見たところ、親子……のようにも見える。まさか小さい女の子が主人あるじで、でかいマッチョが仕える側だとは誰が思おうか。


「マチョダさん、この方が魔法学園オリンピアの校長クランチ先生。隣にいらっしゃるのがマチョダさんを鑑定したクワット先生です」

 ――クランチ腹筋運動にスクワットか……。なかなかいいネーミングセンスじゃないか! なんだか親しみがもてるな!

 マチョダの頭の中は筋トレのことで頭がいっぱいだった。


 モカの紹介に合わせて「どうも」とマチョダとクランチ校長、クワット先生が同時に礼をする。そして部屋の中央に置かれているソファにそれぞれ腰掛けた。

 モカの隣にマチョダ。テーブルを挟んだ向かい側にクランチ校長とクワット先生といった並びだった。


「しかし改めて……まさか天才魔法使いのあなたが人間を……しかも魔力ゼロの人間を召喚するなんてね……今だに信じられません」


 クワット先生の言葉に、モカがピクリと反応する。

「私の魔法陣も呪文の詠唱も、もう一度確認してみましたがミスはありませんでした。魔力量も十分でした。きっと、この召喚には何かしらの意味がある、と私は考えています」


 ――堂々としている。きっとこの子は自分に自信を持っているんだな、相当努力を積み重ねてきたのだろう。きっと筋トレすれば化けるはずだ。

 マチョダはモカの受け答えする姿を見ながら間違った方向に感心していた。


「しかし……魔力ゼロですよ! この世界で魔力ゼロは死と同義。今ここに座っているのも不思議なくらいです!」

「もしかしたら、これから少しずつ魔力が増えていくのかもしれません。隠されたスキルがあるのかもしれません。どうして私がマチョダさんを召喚してしまったのか……絶対に、何らかの意味があるはずなんです。ですから、私は前々から希望していた通り、冒険者となってその謎明らかにしたいと思います」



「だめよ!」



 クワット先生が突然立ち上がり、大声でモカの意見を否定した。モカもマチョダもびっくりして彼女のことを見つめてしまった。


「まあまあ、クワット先生……落ち着いて」

 どうしても魔力ゼロであることを気にするクワット先生を、クランチ校長が優しくなだめる。そしてモカの方を向いて話し始めた。


「昔、卒業試験で魔力が極端に低い風の精霊を召喚した生徒がいたんだ。君と同じで、も冒険者を希望していてね……周囲の反対を押し切って、この学園を卒業してから冒険者になった」


 ――ふむ……いきなりベンチプレスで重いものを持ち上げようとするものか……それは無謀というものだな。少しずつ、段階を追って負荷をかけなければ潰れてしまう。

 マチョダは相変わらず間違った解釈をしていたが、言わんとしていることはなんとなく合っていた。


「その生徒は冒険者として成功したのですか……?」

 モカの問いに校長は残念そうに首を横に振った。


「やはりその精霊とともに冒険をするのは無理があった。どれだけ素質のある魔法使いでも、召喚獣の力を借りないことには冒険者としてはやっていけないのだ。結局、古代遺跡を調査中に深傷ふかでを負い冒険者を引退。今では教師として後進の育成に尽力しているよ……クワット先生は、君にを歩ませたくないんだと思うよ。そうだろう、


 話の中に出てきた冒険者がクワット先生だということに気づき、モカははっとして彼女の方を見る。先生は黙ってうなづいた。


「……先生」

 モカが何か言いたげな表情をしたとき、隣にいたマチョダが立ち上がった。

「いやぁ、なんだか筋トレがしたくなってきたぞ!」

 そしておもむろにスクワットを始めたのだった。決してマチョダは空気が読めないおとこではないのだ。

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