第7話 見事なる勘違い

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」


 マチョダがスクワットを始めてから10分が過ぎた。全身運動であるスクワットは太ももだけでなく、体全体を鍛えることができる。身体中からじんわりと汗が浮き出てきて、全身の筋肉に血液が行き渡る。いわゆるパンプアップというやつだ。


 ――私たちは一体何を見せられているの? 何なの、この意味不明な動きは?

 クワット先生が呆気にとられていると、マチョダの動きが止まった。


「ふう、このくらいでいいかな」

 そして汗だくになりながら、彼女の方を向いて言った。

「精霊とか魔法とか、この世界のことは俺にはよくわからないが……今見てもらった通り、りょくは人並み以上にあるはずだぜ!」


 俺の今の姿がマりょくの表れだ! と言わんばかりに、マチョダはこれでもかと自慢の筋肉を披露する。笑顔で白い歯を覗かせつつ、いろいろなポージングを取りながら、全身を三人に見せつけていく。その顔は自信に溢れていた。


 ――これが彼の魔力だというの……? もしかして人間は私たちが感知できない魔力を持っているというのかしら?

 クワット先生はマチョダの盛り上がった筋肉が魔力によるものだと勘違いした。


 ――やっぱり! マチョダさんは魔力ゼロなんかじゃなかったのよ! 体の内側から放出される熱いエネルギーを感じるわ!

 モカはマチョダの汗と熱気を、彼の持っている魔力だと勘違いした。マチョダはマチョダで、魔力が魔法の力のことだとは理解しておらず、筋力=マッチョりょく=マりょくだと思っていた。


 ――あー、みんな間違った解釈をしているんだけど……まあいっか!

 クランチ校長だけが、ただニコニコしながら全員の勘違いを楽しんでいた。そして、穏やかな声でクワット先生に話しかけた。


「というわけだから、クワット先生。モカ・フローティンが冒険者の道を進むことに異論はないね」

「え……ええ。精霊でも竜でもなく人間を召喚したときは驚きましたが……今ここで改めて人間の魔力のすごさを感じることができましたから、反対できませんわ」


「やったぁ! マチョダさんのおかげです!」


 モカは嬉しさのあまり、思わずマチョダに抱きついた。そしてすぐに、「はっ! 私ったらなんてことを……ごめんなさいマチョダさん!」と顔を赤くしたが、彼女が抱きついたのはマチョダ本体ではなく、彼の右腕だった。


 マチョダは、モカが自分の右腕に抱きついてきたものだから、「これはいい負荷がかかるじゃないか!」と、そのまま右手をぐぐっと持ち上げた。

「きゃっ! やめてください、マチョダさん!」

「いいね、ダンベルの代わりになる!」

 マチョダは右腕にしがみついているモカを、そのまま数回持ち上げたり下ろしたりして、腕の筋トレを始めた。


 ――まだ魔力を高めるというのですか! この人間……底が知れません! 私は大きな勘違いをしていたようです。

 ストイックに筋トレをするマチョダを見て、クワット先生はさらに勘違いをしたのであった。


「ほっほっほ、これは卒業式が楽しみだね」

 三人の様子を眺めながら、クランチ校長が言った。マチョダがその言葉に反応してモカを使った筋トレをやめる。


「卒業式に何かあるのか?」

 マチョダの質問にはモカが答えた。

「卒業式の最後に、卒業生の召喚獣による模擬戦が行われるのです。もちろん、希望する卒業生だけなんですけどね」


「後輩たちのモチベーションアップのためにも大切なのよ」とクワット先生。

 ――ボディビル大会みたいなものなのかな。

 マチョダはそう、勝手に想像してワクワクが止まらなかった。

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