第4話 発音も難しいので

 失意の中、モカは不意に魔法学校に入学したての頃、教師から聞かされた話を思い出した。

「いい、モカ。この世で起きる全てのことは必ず理由があります。どんなことがあっても浮かれすぎず、落ち込みすぎず、原因を探りなさい。そうすれば自然と道は開けますよ」


 ――いいこと、私。これまでだってたくさん失敗して、だけど努力して練習を繰り返してここまで成長することができたじゃない。だから、今回の召喚魔法も……魔力ゼロの人間が召喚されたことも必ず何か意味があるはず。落ち込みすぎちゃダメ! 前向きに、前向きに考えるのよ、私! がんばれ、私!

 

 モカ・フローティン。天才魔法使いと呼ばれた彼女の強さは、失敗をバネに努力する真面目さと、最後まで決して諦めない精神力にあった。そして、気持ちの切り替えと決断力の強さ、さらには前向きな思考能力ポジティブシンキングは母親譲りであった。


「うう……こ、ここは?」


 しばらくすると町田マチョダ元気が目を覚ました。視界に広がるのは、映画のセットかと思うような見たこともない大広間。あれ、俺は確かジムで筋トレをしていたはずなのに……と、彼は自分の記憶を辿ってみる。


 ――そうだ……俺はベンチプレスをしていたんだ。そうしたら突然天井に見たこともない魔法陣のようなものが浮かび上がって……俺はそれに吸い込まれてしまった……。


「目が覚めましたか」


 町田の目の前には、金色の髪に青い瞳をした小さな女子生徒が立っていた。臙脂えんじ色のワンピースの上に、同じ色のクラシカルなショートケープを羽織っている。胸元にはこの学校の校章だろうか、太陽と月を象ったお洒落なエンブレムも刺繍ししゅうされていた。いかにも頭の良さそうな、凛とした顔立ちで、町田を見つめていた。


「あ、ああ」

 町田が訳も分からずにとりあえず返事をすると、モカはぺこりと頭を下げてから話し始めた。


「はじめまして。私はモカ・フローティンと申します。ここは魔法学園オリンピア。私があなたをこの世界に召喚いたしました」

「ほう……召喚……」

 町田は落ち着いていた。普通の人間なら、突然の出来事に取り乱していたかもしれない。

 

 しかし町田はマッチョなのだ。

 

 ちょっとやそっとの環境の変化に動じることはなかった。ただし、自分の筋肉の変化には敏感に反応してしまうのがたまきずなのだが……。

 そして、彼は瞬時に状況を理解することができた。46歳と言う年齢ながらも、最近の流行である異世界転生物のアニメや漫画というものには、わずかながらではあるが触れる機会があったのだ。


 ――なるほど、これはぞくに言う異世界召喚とかいうやつか。とりあえず……俺の体には何も異変はないようだな。

 町田は両手を握ったり開いたり、腕を曲げたり、屈伸をしたりして自分の体が問題なく動くことを確かめた。さらには腕立て伏せを始め、いつもと同じパフォーマンスが発揮できていることを喜んだ。


「ちょっと……マチョダさん?」


 突然の意味不明な行動に、モカが怯える。

 ――に、人間っていうのは意味もなく体を動かすのかしら? 私の読んでいた本の中にそのような記載はなかったはずよ……。

 マチョダと呼ばれて、「ああ、失礼。ついつい体が自然と動いてしまった」と、町田は腕立て伏せをやめ立ち上がった。


「ちなみに俺の名前はマチョダではなく、マチダ、だ。マチダ・ゲンキ」

「マ、マチョ……マチョダ・ゲンキさん。ごめんなさい、発音が難しくって」

「ならマチョダでいいよ。響きもマッチョみたいでいい感じだ」

「ありがとうございます、マチョダさん! では私のこともモカとお呼びください。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」


 モカが右手を差し出す。それを見てマチョダも手を伸ばし、「よろしく、モカ」と固く握手を交わした。


 ――うわ、マチョダさんの手、大きすぎ。っていうか腕も丸太みたいに太い……これが人間なのね。鑑定の結果、魔力ゼロということだったけど、もしかしたらこれから魔力がつくのかもしれないし。そのときは私が育てていけばいいんだわ!

 ――金髪に青い瞳。そして魔法学校の制服……本当に俺は異世界に召喚されてしまったのだな。ま、どこにいようと筋トレができればそれでいいか。仕事は……戻ってからなんとでもなるだろう。


 ニコニコしながらも、お互い全く別のことを考えていた。


「ところで、俺を召喚したということは何か目的があってのことなんだよな。これから俺はどうすればいいんだ?」


 どうもジッとしているのが性に合わないのか、マチョダは膝を軽く曲げて空気椅子のポーズをとりながら、モカに尋ねた。


「あ、えっとですね。それはこれから校長先生と話をして決めたいと思うんです。ですから、私と一緒に校長室へ参り……」

 しかし、最後まで言葉を言うことができず、モカは力が抜けて、へなへなとその場に崩れ落ちてしまった。


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