第61話 マチョダ・デス・ヴォイス
「マチョダさん! どこまで飛ぶつもりですか!」
マチョダはモカを抱っこしたまま、物凄い勢いで空を飛んでいた。ただの立ち幅跳びでここまで見事に空を飛べるとは、マチョダでさえも予想していなかったことだった。
「……実は、飛べるなんて思ってなくて……止まり方を考えていなかったんだ」
「えぇ?」
マチョダが照れ笑いをするが、モカは全く笑えなかった。このまま地面に落ちたら二人とも無事ではすまない――いや、マチョダさんはなんとなく大丈夫な気がするけど……とにかく危険なことに違いはない!
モカは抱っこされた状態でありながらも右手を前に向かって伸ばし、風の魔法を唱えた。すると、進行方向と反対に猛烈な風がふき、それがブレーキの役目を果たした。
「おおっと!」
マチョダもモカの魔法で飛ぶ勢いが弱まったことに気づく。続けてモカは手を下の方に伸ばし、再び風の魔法を唱えた。今度は地面に向かって風が吹き、落ちる速度がゆっくりになる。そのままマチョダはゆっくりと地面に着地した。もちろん、モカに衝撃を与えないように優しく。
「こんなにうまく行くとは思わなかった。すまんモカ! 驚かせちゃったな!」
ゆっくりとモカを地面に下ろしてから、マチョダが謝った。
「もう! 無茶しすぎですマチョダさん! めちゃくちゃ怖かったんですから!」
「はっはっは! でもおかげで山を越えることができたぞ! そして、ほら! ここがヴァルクの村なんじゃないかな!」
モカの腕輪から伸びている光は、二人の目の前にある寂れた家の前で途切れていた。どうやらここがヴァルクの村……なのかもしれなかった。
雪山を飛び越え、吹雪はだいぶおさまってはいるが、空からは雪がゆっくりと降り続いている。
目の前にある木造の民家は雪に覆われていて、灯りはついていない。モカが辺りを見る。家らしきものが数軒あるが、灯りはついていないし、窓も破れている。まるで廃墟も同然といった感じだった。
「ここは……人が住んでいる気配がありませんね」
「ま、入ってみようか。もしかしたら誰かいるかもしれない」
「こんな荒れ果てた集落にですか?」
マチョダがお構いなしに歩みを進める。モカも慌ててその後を追う。追いながら、彼女は自分の両手を見つめて不思議な感覚に陥っていたのだった。
――あれ、どうして私……炎の魔法や風の魔法が使えたんだろう。召喚獣を介さないと魔法は使えない……はずだよね? もしかしてマチョダさん、複数属性に目覚めちゃったとか?
当然ながら、マチョダは魔力0なので魔法を使うことができない。しかしモカはそれを知らない。みんながみんな「マチョダは召喚獣ではない」というが、紛れもなくモカ自身が召喚魔法によって呼び出したのである。そのことからいまだにマチョダが自分の召喚獣であると信じているのだ。
ザッザッザッ……とマチョダとモカの雪を踏み締める音だけが響く。真っ白な雪に覆われている村の入り口らしき門の前で、マチョダが軽く雪を払う。すると確かに「ヴァルク」という文字が刻まれていることがわかった。どうやらここが目的地の最果ての村、ヴァルクで間違いないようだった。
「ここが……ヴァルクの村ですか……」
モカがそう呟いて、改めて村の様子を観察する。木造の家屋はほとんどが雪で覆われていて、灯りがついている家はない。村の中心にある噴水にも雪が積もり、もちろん水は出ておらず、長い間使われていないことがわかる。歩道もすっかり雪に覆われていて、人の行き来がないことを示していた。
「本当に誰もいないのかな」
マチョダも村の雰囲気から、誰もいないことを悟ったようだった。そこで彼は大きく息を吸い込んで、「誰かいませんかぁ!」と叫んだ。空気をつんざくような声に、思わずモカは耳を塞いだ。
――いませんかぁ……いませんかぁ……いませんかぁ――
マチョダの大声が村に響き渡る。声とは振動である。マチョダの声は古い家屋を震わせた。すると、屋根に積もっていた雪が振動によって滑り落ちてきた。ついでに古く朽ちていた家の壁もグシャリとつぶれ、家自体も形を保てなくなって崩れ落ちてきた。
「!?」
モカが目を丸くした。あちこちからズウウゥン! という轟音とともに家屋が姿を消し、大量の雪が宙を舞った。
「ちょっと、マチョダさん! なんてことをするんですか!」
「すっ、すまん! まさか声で家が崩れるなんて思わなくって!」
「もう、マチョダさんってば、歩く災害じゃないですか!」
苦労して(そしてちょっと怖い思いをして)たどり着いた最果ての村、ヴァルク。なんとマチョダの大声で、村が消滅してしまったのだった。
「うーん、
「……こんなときにマッチョ・ジョークはいりません!」
「す、すまない」
モカに軽く叱られて、マチョダは小さくなった。「もう、マチョダさんたら!」モカは火の魔法を唱え、頭上に大きな火球を作り出した。そして、えい! と放り投げると、火球はヴァルクの村を走り回り、周囲の雪を溶かしていった。
「おお、すごいじゃないか、いつの間にこんな魔法を使えるようになったんだ!」
だんだんと溶けてゆく雪を見て、マチョダが感心する。
「何言ってるんですか! 魔法が使えるのはマチョダさんのおかげですよ!」
モカはそう言いながらも、「あれ、でも確かに私が魔法を作り出して放り投げちゃいましたね」とちょっと変な感覚になった。――普通は魔法使いが召喚獣を介して魔法を発動させるのだけど……。魔法を唱えるのは私。それをうけて魔法を発生させるのはマチョダさんのはずなのなんだけど……。ま、気にしない気にしない!
そんなことを思っているうちに、火球はあっという間にヴァルクの村の雪を全て溶かしきった。残念ながら家屋は崩れてしまったが、積もっていた雪がなくなり、村の全容が明らかになった。
モカとマチョダは初めのうちは溶けていく雪を見て喜んでいたが、時間が経つにつれ、その表情は険しくなり、やがて目を背けてしまった。
「なんだ……これは……」
マチョダが眉間にシワを寄せながら言う。
「ひっ……」
モカに至っては声が出せなかった。恐怖のあまりに思わず膝が震え、その場に立てなくなった。
なんと、雪の下には血を流して倒れている村人たちと、黒い装束を着た多くの魔法使いたちの死体が眠っていたのだから。
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