第60話 マチョダ・ジャンプ

 吹雪が吹き荒れる山の中を二つの影がゆっくりと歩いている。二人の後にできる足跡がすぐに吹雪によって埋もれ、見えなくなってしまう。

 おそらく今の時刻は昼。灰色の雲に覆われて太陽の姿は確認できないが、周囲の様子は確認できる。見渡す限りの白。そんな中で、一人のマッチョが口を開く。


「本当にこの道であってるのか?」

 それに対して前を歩く黒い服の少女が答える。

「はい! この腕輪が進むべき道を示してくれていますので!」


 彼女の右腕に装着されている何の変哲もない銀の腕輪から一筋の赤い光が伸びている。


 男の名前はマチョダ・ゲンキ。46歳。こんな吹雪の中でも短パンに白いタンクトップ姿という自殺行為に等しい格好で歩いている。「はっはっは! 吹雪は筋肉で吹き飛ばす!」などと狂ったことを言っているが、実際はちょっとだけ寒さを感じていた。それでも彼の代謝は半端ないので、体の中はメラメラと熱く燃えているのだ。


 少女の名はモカ・フローティン。全身が黒い服で覆われている中、金色に輝く短い髪が映えている。彼女は自分自身にをかけているので、寒さは感じなかった。しかしこの猛吹雪の前には視界が閉ざされ、また歩くのもなかなかに困難な状況だった。


 二人がこんな荒天の中歩き続けているのには理由があった。この雪山の先にある村、ヴァルクを目指しているからだ。話は数週間前に遡る。



 ***


 処刑直前にユーサンたちの力を借りて王都を脱出した二人は、今後の身の振り方を相談していた。(もちろん、ユーサンが国王に釘を刺したことを二人は知らない。)


「マチョダさん……これからどうしましょうか。逃げ出したのはいいですが、今後はどこに行っても兵士たちの目が気になってしまいますね……」

「うーん、ローインの冒険者ギルドに戻っても、みんなに迷惑をかけてしまうだろうしなぁ」


 マチョダが考えていると、ふと、古代の迷宮で魔法使いマティオーネの言葉を思い出した。


 ――古代の魔法使いの中には、私のように迷宮を作り、そこに叡智を残した者もいる。そうだな……ここから遥か北にあるヴァルクの村を訪ねるといいだろう。かつてそこに私と同じ大賢者がいたのだ。彼もきっと何か残しているだろうから探してみるといい――


「そうだ!」

「何かいい案がありますか? マチョダさん」

「北にヴァルクという村があるらしいんだが、そこに行ってみたいな」

「……ヴァルク……ですか」


 マチョダの言葉を聞いてモカが少し顔を曇らせる。そんな表情を、当然マチョダは見逃さない。


「ヴァルクに何か問題でも?」

「いえ……たしかにここからはるか北にヴァルクという村があると聞いたことがあります。一応、世界地図にも載ってはいます」


 モカが続ける。


「でも、最果ての村とよばれていて、実際に行ったことがある人を聞いたことがありません。地図上に示されてはいますが、はっきりとした場所も実はわかっていないのです」

「そ、そんな大変な場所なのか」

「ちなみに、どうしてマチョダさんはヴァルクの村のことをご存知なんですか?」


 モカの当然の疑問に、マチョダは古代の迷宮でのマティオーネとの会話について説明した。


「なるほど……マチョダさんが元の世界に帰る方法がヴァルクにあるかもしれないというわけですか……わかりました! それなら行きましょう、最果ての村ヴァルクへ!」


 ***


 で、現在に至るわけなのだが、ヴァルクへの道のりは厳しく、今こうして二人は吹雪の吹き荒れる雪山を歩き続けているのだ。幸い、雪山に入った頃にモカの腕にある叡智の腕輪が光り輝き、一本の光となって道を指し示してくれているので、なんとか迷うことなく進むことができていた。


「これもマティオーネさんの導きなのですね」

 モカがそう言って振り返ると、マチョダは吹雪に埋もれて巨大な雪だるまになっていた。


「マチョダさん! あわわわわ!」


 モカが慌てて両手からを出し、マチョダルマを溶かす。シュウゥ……と湯気を出しながら、ゆっくりと雪が溶け、元のマッチョなマチョダに戻った。


「すまんモカ! さすがのマッチョでもこの吹雪には勝てなかったみたいだ!」

 ガッハッハ! と笑うマチョダに、モカはさっとをかけた。


「マチョダさん、いくらマッチョだからって無理は禁物ですよ! さあ、ヴァルクの村までもう少し……かもしれませんから、がんばりましょう!」


 二人は再び、雪山をゆっくりと歩き始め……。

「思ったんだけどさ」


 そのとき、マチョダがモカをひょいとお姫様抱っこをした。「きゃっ!」突然のことにモカはびっくりして声が出なかった。――何? 何か危ない魔物でもでたのかしら? そんなことを考えていると、マチョダが言った。


「俺が本気でマッチョ・ジャンプすればこんな雪山、飛んでいけるんじゃないかな?」

「え、え? 飛ぶ? 空をですか?」

「おう!」


「ちょ、ちょっとマッチョ! さすがのマチョダさんでもそれは無……」


 モカがいい終える前に、マチョダは両膝を曲げ、力を溜めた。ミシミシっとマチョダの足が雪の中に深く沈み込む。そして、立ち幅跳びをする要領で前にジャンプした。


 ビュン!



「ぎゃあああああっ!」


 マッチョとマッチョに抱えられた可愛い魔法使いは、まるで弾丸のように雪山を飛んで行った。

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