第28話 昏睡、幻覚、復活、町田【第2章最終話】
魔法学園オリンピアの救護室。
相変わらずマチョダはベッドに横たわったまま目を閉じている。目を閉じてはいるが、意識はある。今すぐにでも筋トレをしたいのだが、体が言うことを聞かない。極度のタンパク質不足に陥ってしまい、見た目はマッチョであるのだが、心がノーマッチョになってしまったのである。
マチョダの横には先生方がいて、交代で回復魔法をかけ続けてくれている。正直言って、今のマチョダには回復魔法は必要なかった。怪我をしているわけでもなく、意識もはっきりしているのだから。必要なのは「タンパク質」ただそれだけだった。
――モカは竜の谷に行って、竜の肉を取ってくると言ったが……危ない目に遭っていないといいのだが。
この世界に召喚されてからずっと一緒に行動してきた、天才魔法使いモカ・フローティン。その彼女が自分のために危険を顧みずに旅立っていった。心配にならないはずがなかった。マチョダは、モカのことをまるで自分の娘のような存在に感じていたのだった。
このベッドに横たわって何もできない間、マチョダは元の世界のことについても思いを巡らせていた。
町田元気46歳。会社員。妻と高校生の娘と三人暮らし。趣味はもちろん筋トレ。仕事帰りに少しだけジムで筋トレをして帰るのが日課だった。「町田さん、飲みに行きましょうよ!」と同僚に誘われても、「すんません、ちょっと別の(プロテインを)飲みに行く予定がありまして……」と断ることがほとんど。飲ミニケーションは苦手な町田だったが、仕事はそつなくこなし、職場の人間関係も良好だった。
――この世界に来てから、信じられないことばかり起こっているが……妻や娘は元気にしているのだろうか。俺がいないことで、家族は、仕事はどうなっているんだろう……。もしかしたら俺は死んでしまったことになっているんじゃないか。そうだとしたら、保険が降りるから家族は大丈夫か……しまった、ジムの月会費は払いっぱなしになるんじゃないか?
考えだすと止まらなくなる。しかも、どれだけ心配してもどうすることもできないことなので、マチョダはそれ以上考えないことにした。とりあえず、今はモカが肉を持って帰ってきてくれることを願うのみであった。
いや、マチョダには一つだけ懸念があった。これまで口に出したこともなかったし、できるだけ考えないようにしていたことでもあった。それは「元の世界に戻ることができるのか」ということだった。
しばらくして。
マチョダは目を閉じたまま眠っていたようだった。しかし、意識はあっても目が開くことはない。いまだ彼はノーマッチョだった。
「マチョダさん! 今帰りました!」
――モカの声が聞こえる。幻聴かな……。彼女は遠く離れた場所へと向かったはずだ。こんなに早く帰ってくるはずがない。
「お肉を解凍しなきゃ! 火の精霊を借りてきます!」
――部屋の中がバタバタと慌ただしいな。夢でなければどれだけ嬉しいか。
「マチョダさん、待っててくださいね、今お肉を食べられるように準備しますから!」
――ああ、肉のいい匂いがする……とうとう鼻までおかしくなってしまったのか。
「はい、口を開けてください。このお肉、すごいんですよ」
モカの「あーん」と言う声が聞こえ、思わずマチョダは口を開けた。すると、口の中になにか暖かい物が入ってきた。四角い形で……柔らかくて……この味は……肉!
たとえこれが夢でもいい。マチョダはそう思いながら、肉を味わって、飲み込んだ。すると。
ドクン!
マチョダの全身を何かが駆け巡った。血液が巡る。筋肉が喜ぶ。目が……開く!
「フッ、フオオオオオオッ!」
思わず叫び声を上げて、マチョダはベッドの上に立ち上がっていた。
――夢……じゃないのか? それにしても……なんだこの肉は? ほんのひとかけら食べただけで、筋肉にこんなにも張りが出ている! そして全身を巡るエネルギー。こりゃあ、
改めて自分の体を見ると、全身の筋肉がパンプアップし、血管が浮き出ていた。久しぶりに摂取した肉に身体中が歓喜のメロディを奏でていた。
マチョダは自分の体が、脳が、そして心が完全復活したことを喜んだ。
そして、彼の目の前で涙を流して喜んでいるモカの姿に気づいたのである。
「モ……モカなのか?」
「ただいま、マチョダさん。竜の肉、どうでしたか?」
元気になってよかった! とモカはマチョダに抱きついた。そしてマチョダもまた、自分のためにがんばってくれたモカの頭を、まるで自分の娘にするかのように、優しく撫でた。
「本当に竜を倒したのか?」
「はい! スリムゥたちと協力して! 危ない目にもあったけど、マチョダさんのためにがんばりました!」
そう言うモカの顔は達成感に満ち溢れていた。
マチョダ、完全復活。これから二人は新人冒険者とその召喚獣? として世界を駆け巡る。
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