第27話 しばしの別れ

「よいしょっと!」


 クランチ校長が竜の谷の見晴らしの良いところへポータルを建てる。ポータルとは転移魔法を使う際の目印になるもので、一本の棒の先端に簡単な装飾が施されているものである。まあ、人間の世界でいうところのバス停の看板みたいなものと思ってもらえればいいだろうか。

 これを設置することで転移魔法の行き先として場所が登録され、次からは一瞬でこの場所にやって来られるのである。まあ、好んでこの場所に来る者がいるとは思えないが。


「じゃあ、モカ君たちは気をつけてオリンピアへ戻りたまえ。私はここでもう少し用事を済ませて帰るから」

 クランチ校長はそう言うと、森の奥深くへと入っていってしまった。



「校長先生はいったいどうしてここへやってきたんだろう。もしかして私たちのこと、見守っててくれたのかな?」

 モカの言葉にスリムゥが反応する。

「もしかしたらそうかもな……校長先生、結構面倒見が良いもんな」

「え、だとしたら校長先生マジかっこいいじゃん!」とレンダも言う。

「しかも黙って、さりげなく登場するところとかもいいよねぇ」リーンもうんうん、とうなづく。


(それって、まるっきり俺のことじゃねぇか!)ユーサンは、「俺も同じなんだ、こっそりお前らの話を聞いて、先回りしてさりげなく竜を倒しておくつもりだったんだ!」と言いたかったが、言えるわけがなかった。

(違うんだ、竜との属性の相性が悪かっただけなんだ! 本当なら俺が竜を――!)



「さっすがユーサン! すげぇじゃん!」

「ふん! これくらい朝飯前だ」

「すごいね、ユーサン。私のために……ありがとう。ちゅっ!」

「っ! おい! こんなみんなの前で……モカ!」

「なんだよ見せつけちゃって! っていうか、私たちもユーサンのこと好きだったんだよ! モカ! 抜け駆けすんな!」

「ったく! お前ら……これじゃ体がいくつあっても持たないぜ……!」



「――サン? ユーサン!」

「――さすがの俺も四人同時は無理だ……はっ!」

「何言ってんの、あんた」


 スリムゥが冷ややかな目でユーサンを見つめていた。それに気づかないふりをしつつ、ユーサンはごほん、と咳払いをひとつ。


「さて……と。俺もここで失礼する。ここから直接ローインに行って冒険者登録を済ませることにする」

 彼は、モカたち四人に別れを告げた。



「あ! ありがとうねユーサン。おかげで竜のお肉もバッチリ焼けたわ!」

 モカの言葉にユーサンは照れて、「フン! あれくらい大したことじゃない!」と顔を背けた。


「でも……どうしてユーサンは竜の谷にいたの? 何か別に用事があったの?」

 ドキッ! ユーサン的に触れて欲しくなかった内容に、体が強張った。それもそうだ。好きな女の子の会話を盗み聞きして、かっこいいところをみせようとして失敗し、挙げ句の果てには回復魔法をかけてもらったなんて……口が裂けても言えなかった。


「たっ……たまたまだ! ローインに行く途中にここを通ったら竜と遭遇して、腕試しのつもりで戦ったら……相性が最悪だっただけだ!」


 ユーサンの苦し紛れの言い訳に対して、モカは素直に「そうだったんだ……ごめんね、私たちの用事に付き合ってもらって」と謝った。それを、スリムゥ、レンダ、リーンの三人はニヤニヤしながら見つめている。


「だよなぁ! 私たちもこれからローインに向かおうって話だったんだ。ローインに行くにはこの道が近道だもんなぁ!」スリムゥがわざとらしく、ユーサンの肩に手を回す。

「せっかくだから、ユーサンも一緒に行こうか、ローインに!」レンダもユーサンに近づいて、手を握る。

「と言うわけだから、モカ。マチョダによろしくねぇ! 楽しかったよ、一緒に作戦会議ができて……また、お話ししようねぇ!」リーンがユーサンたちの輪に加わると、そこから転移魔法を唱え始めた。


「待て! 俺はまだモカ・フローティンと話がし――」

 ユーサンが何かを言おうとしたが、その前に転移魔法が発動して四人は姿を消してしまった。



 竜の谷にモカは一人残されてしまった。袋に詰められた大量のブラックドラゴン・サイコロステーキとともに。


 しかし、彼女は嬉しさと充実感を味わっていた。

 これまでとは違う、友達との行動。作戦を練って、協力して竜を倒すと言う経験。そのどれもが彼女にとっては新鮮だった。竜の谷への旅路を経て、大切なことを学ぶことができたと、モカは満足だった。



「だけど……どうしてユーサンはこの道を通ってローインに行こうとしたのかしら……? 転移魔法なら一瞬だったはずなのに……」

 男心など全く理解できないモカは、ただただ不思議でならなかった。

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