第41話 モカ・フローティンの告白

「迷宮っていうから洞窟みたいなものをイメージしていたけど……これはすごいな」


 入り口を抜けると、そこは普通の草原地帯だった。空は晴れていて明るく、雲がゆっくりと流れていく。風が吹くと草がカサカサと音を立てて揺れて、とても迷宮の中だとは信じられない世界だった。


「たぶんこれ、魔法で空を作り出しているんです。昔の人の魔法技術の結晶と言ってもいいかもしれませんね」


 モカはそう言いながら空を見渡す。風ももちろん魔法で作り出されたもの。今の魔法じゃ到底再現できそうにないシロモノで、昔の魔法技術の素晴らしさに彼女は感心しきりだった。


「え、じゃあここは本当は洞窟の中ってこと?」

「はい、恐らくは。でもこの迷宮を作った昔の人たちの魔法が半永久的に作用しているのでしょうね」

「へえ、魔法ってのはすごいな」


 マチョダは地面を触ってみる。土のところは土の感触がした。「たいしたもんだ、魔法は」と、試しに草を引き抜いてみると、本当の草原と同じように草が抜けた。しかし、数秒すると草は自然と消滅し、マチョダが草を引き抜いた場所に再び同じような草が姿を表した。


「うお……すごいな」

「マチョダさん、さっきからすごいなしか言っていませんよ!」


 モカが笑う。


「さ、マチョダさん、第2層への階段まで急ぎましょう!」


 

 ☆★☆



 数時間後、辺りは夜になった。もちろん、これも魔法で作り出した夜。おそらく現実世界と時間を合わせてあるのだろう。


 草原を歩き回ったものの、第2層への階段を見つけることはできなかった。途中、数名の冒険者の姿を見たが、マチョダの姿を見ると「おい、あいつだよ! あいつ! 筋肉人間の召喚獣!」などと遠巻きに言われ、会話を交わすこともできなかった。モカは、「なんだか腫れ物に触るな!」的な扱いを受けているように感じて、ちょっとイライラしてしまった。マチョダは「俺の筋肉がそんなに羨ましいのかな?」と、そんなこと全く気にしていなかった。

 魔物らしき姿もいた気がするのだが、こちらもマチョダをみると一目散に逃げ出してしまった。結局何もできないまま時間だけが過ぎ、夜を迎えてしまったのだった。


 結局二人は野営しやすい手頃な場所を見つけ、そこにテントを設置して一夜を明かすことにした。ちなみに、テントをはじめとする道具は全て、マチョダが背負っていたリュックに収納されていた。


 二人はすでに食事を終え、真っ暗なテントの中で、それぞれ寝袋に入って眠りにつくところだった。


「すみません……もっと簡単に階段なんて見つかるものだと思ってました……」

 寝袋から顔だけを出して、天井を見つめながら、モカがマチョダに言った。


「はっはっは、気にするな! 簡単にいきすぎるのもどうかと思うぞ!」

 苦労して学ぶこともあるんだ! と若干落ち込んでいるモカをマチョダが励ます。


「ありがとうございます、マチョダさん。明日こそ、第2層に行きましょうね!」

「おう」


 そこで一旦会話が途切れる。そのまま眠ってしまおうかと思っていたマチョダだったが、せっかくの機会だと思い、モカに話しかけた。


「ところで、モカはこれからどうしたいんだ?」

「え?」


 ごそごそと音をたてて、モカは体を動かしてマチョダの方を見た。マチョダはモカの方を向かずに、天井を見つめたまま話し始める。


「モカは魔法学校を卒業して、冒険者になりたいといっていた。そして実際に冒険者になって、こうして迷宮にまでやってきた。それで、この迷宮で一体何をしたいんだ?」

「ああ、そのことですか」


 モカは軽く目を閉じた。そして息を一つ吐いた。


「私、どうしても第5層に行ってみたいんです。お宝とか、封印された魔法とか……興味がないわけじゃないですけど、一番の目的は第5層に行くことです」

「それは……どうして?」

「ロマンがあるじゃありませんか! これまで誰も成し得なかったことをするなんて!」


「……本当は?」


 マチョダはモカの口調からいつもと違うテンションだということを自然と感じ取っていた。親が、目線や仕草、言葉の抑揚などといったことから、我が子のちょっとした変化を見逃さないのと同じである。モカもまた、自分の言葉が本心ではないことを見抜かれていたことを自然と気づいていた。わずか数ヶ月の付き合いだが、まるで親子のような関係性になっていたのだ。


「実は私、両親の顔を見たことがないんです。物心ついたときには孤児院にいて、たくさんの友達と一緒に生活していました。それから魔法学校に入って一人暮らしを始め……魔法の勉強を始めたんです」


「……」


 そんな過去があったとはマチョダは全く知らなかった。モカがそんな話をしないから当然と言えば当然なのだが。彼女は続ける。


「16歳の頃でしょうか……私は偶然、両親が住んでいた場所を知りました。そして休みの日を使って、そこを訪ねてみたんです」


 モカの口調は特にゆっくりだったり、暗くなったりしていない。話したくないことを無理やり言っている……わけではなさそうだ。マチョダはそう判断して、黙ってモカの話に耳を傾ける。


「当然、両親はそこに住んでいませんでした。残っていたのは廃墟同然の建物だけ。でも、私はそこで母親の日記を見つけてしまいました。そこにはこう書かれていました」



 ***

 私たちの可愛い娘モカを死なせるわけにはいかない。最近見つかった古代の迷宮の最奥部には、古代人の残した多くの魔法が封印されている。その中に「蘇生魔法」もあると聞く。私たちは迷宮の最奥部を目指し、モカの命を救うために「蘇生魔法」を見つけなければ……。

 ***



 ゴクリとマチョダは息を飲んだ。

 そして、モカから衝撃の発言が飛び出した。


「私、小さい頃に一度死んでいるらしいんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る