第40話 ムキ爺
ローインの町の外れにある古代の迷宮。そこには今も多くの冒険者たちがやってくる。
一攫千金の宝を求めて。あるいは、前人未踏の第5層に辿り着き名を残すため。理由はそれぞれだが、みんな腕に覚えのある者たちばかりだ。
迷宮が発見された当初は誰でも自由に入れる迷宮だったが、国が出入りを管理するようになってから、入り口には結界が張られるようになり、受付を済ませたものしか入ることができないようになっていた。
「はい、次の方どうぞ……」
迷宮の入り口の前に受付があり、そこにはおじいさんが一人椅子に座って仕事をこなしている。ムキ・ムキーオ、通称ムキ
「ほほぅ……今日はまた特別な冒険者がやってきたわい」
ムキ爺の目の前には、金髪で少し背の低い少女と、でかいリュックを背負った、これまたでかいムキムキのマッチョが一人立っていた。マッチョの方は白いタンクトップにデニムのショートパンツ。若々しい格好をしているが、短髪には少し白髪も交じり、明らかに中年のおじさんだった。マッチョの方に魔力は感じなかったが、女の子の方はその可愛い外見からは全く想像できないほどの、膨大な魔力を秘めていた。ムキ爺はそれを感じ取っていた。
「こんにちは、私たちも古代の迷宮に挑戦したいんですけど!」
元気の良い声がムキ爺には心地よかった。初めて見る顔――新人冒険者なのだろう。そして後ろにいるのはチーム最年長の指導役か何かかな。ムキ爺はそんなことを考えながら二人を見た。
「おお、新人さんじゃな。ではまずは冒険者タグを見せてくれんか」
ムキ爺にそう言われて、女の子は首に掛かっていた冒険者タグを見せる。金色に光り輝くそれはA級冒険者のものだった。
「おお……こんな若いのにA級とは。」
「えへへ」
「失礼だがお嬢さん、ここに来るのは初めてかな?」
「はい! 初めてっていうか、昨日冒険者になりました。モカ・フローティンといいます。よろしくお願いします!」
「昨日?」
なったばかりでいきなりA級とはどういうことだろうか。ギルドマスターであるナナ・スージーが認めたのには違いないが……この膨大な魔力量が関係しているのかもしれんな。ムキ爺はそう思うことにして、今度はマッチョに声をかけた。
「おぬしも冒険者タグを見せてくれぬか」
「あ、いや……俺は」
マッチョはもじもじしていた。ムキ爺はマッチョの首元を見る。冒険者タグは――ない。ああ、彼はきっと娘の見送りに来た父親のだろう、と判断した。その割には顔も背格好も似ていないんじゃが……。
「お前さん……娘の初仕事、ドキドキする気持ちはワシもわかる。じゃがの、心配するでない。このムキ爺、一目見ただけでこの娘は大丈夫。そう思ったわい」
「……はぁ」
マッチョはつれない返事をしたまま、頭をポリポリと掻いている。すると、モカ・フローティンと名乗った女の子が、一枚のカードを差し出して言った。
「ムキ爺さん、マチョダさんは私の召喚獣なんです。なので安心してください。そして……これ、入場許可証です。これがあると手続きがいらないってギルドから聞いてきたんですが……」
「……なんと!」
ムキ爺にとって衝撃的なことが二つあった。
一つは、モカ・フローティンの父親とばかり思っていた中年マッチョが、彼女の召喚獣だったこと――だったらなぜ現時点で召喚しているのだろうか……と、他の人と同じことを思っていた。基本的に魔法使いは魔法を使うときしか召喚獣を召喚することはない。ああ、冒険者になりたてだからそういうことも知らないのじゃろう。ムキ爺はそう思うことにした。
もう一つは、滅多に見ることのない迷宮への入場許可証を持っていたことだ。ギルドの中でも特別な権限がある者たち――例えば、迷宮内でトラブルにあった場合にやってくる特別部隊クラスとか、過去に迷宮から国宝級のお宝を持ち帰った者――のみが持つことが許されているものなのだが……昨日冒険者になりたての彼女がどうしてそんなものを……? 拾ったとか?
久しぶりにムキ爺の頭の中が回転した。わけのわからない情報が一気になだれ込んできて軽い混乱状態に陥ったが、そこはさすが元冒険者のムキ爺。なんとか冷静を保ちながら、まずは入場許可証の確認をする。
筋肉も落ちて細くなったムキ爺の腕だが、まだまだしっかりと動くし魔法も使える。ムキ爺は入場許可証に右手をかざし、魔法を使って中に刻まれた情報を読み取る。
「……ふむ。確かに、ナナ・スージーから発行された入場許可証じゃ。使用者はモカ・フローティンとその召喚獣マチョダ・ゲンキと書かれておる」
「はい、もちろんです! さきほどラティスさんからいただきましたので!」
屈託のない笑顔でそういう彼女を見て、嘘はついていないなと感じたムキ爺は、魔法を使って入り口に貼ってある結界を解いた。
「初めての古代の迷宮、お嬢さんなら大丈夫だろうが……気をつけていきなされよ」
「はい!」
「そして、ここにポータルもあるから……何かあったときはすぐに転移魔法で戻ってくること。無茶するより、一旦立て直して再挑戦すれば良いのじゃ。命は一つしかないんだから大切にの」
「ありがとな、爺さん!」
マチョダも一言礼を言う。そこをムキ爺が呼び止める。
「マチョダ……とやら。どうもお主は召喚獣という感じがしないんじゃが……あのお嬢ちゃんを守ってやってくれよ。このムキ爺、迷宮で命を落とす冒険者をもう見たくないんじゃ……」
「もちろんだとも! モカを危ない目には遭わせないよ!」
マチョダはそう言って、右腕をぐっと曲げて力こぶを作り、はっ! と笑って見せた。その姿を見て、ムキ爺はなぜか安心感を覚えたのだった。
「マチョダさーん! 早く入りましょうよ!」
「……おっ、モカが呼んでる! じゃあな爺さん! 必ず戻ってくるからよ!」
二人は意気揚々と迷宮の中へと入っていった。
ムキ爺はそんな二人を温かいまなざしで見送った。
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