第13話 モカの涙と告白

「勝者、モカ・フローティン!」

「ワアアアァァァ!」

 審判の声に、ますます闘技場の歓声が大きくなる。


「マチョダさん、大丈夫でしたか?」

 勝利の喜びに浸ることもせず、モカがマチョダのもとへ走り寄る。マチョダは体をぶるぶるっと震わせて、「ちょっとひんやりしたからくしゃみが出ちゃったよ!」と笑顔を見せた。


「体の異常はありませんか? フロスティの冷気は超低温ですから……」

「全く問題ないよ……っていうか、試合はもう終わったのか? スリムゥとかいう女の子は……どこに?」


 モカの視線の先には、救護係の先生たちに運ばれていくスリムゥの姿があった。マチョダは自分のくしゃみが衝撃波となり、スリムゥとフロスティを吹き飛ばしたことを知らなかった。そもそもこれが魔法を使った戦いだったということに、もう少ししてから気づくのである。


 ――モカの召喚獣、すげぇ!

 ――今の魔法……見たことないものだった!

 ――筋肉属性……モカはこれまでの常識を覆す属性を発見したのか?

 ――やっぱり天才魔法使いの名は伊達じゃなかった!


 観衆は改めて、モカ・フローティンのすごさと、魔力ゼロの召喚獣であるマチョダ・ゲンキを見直したのだった。っていうか、勘違いしたのであった。


 大歓声の中、舞台を降りて二人が控え室に戻ろうとすると、ライバルであるユーサン・ソウンドとその対戦相手であるカロ・リーが向こうから歩いてきた。

「なかなかやるじゃないか、モカ・フローティン。だが決勝戦でこの俺が、お前の召喚獣を倒してみせよう……そして……ふふっ」

 若干妄想が入りながら、すれ違いざまに声をかけたユーサンだったが、ちょうど二人の間にマチョダが重なってしまって、彼の声はモカまで届かなかった。



「おいおい……先ばかり見ていると足下すくわれるぜ」

 隣を歩くカロ・リーが不敵な笑みを見せる。すらっとした長身にスキンヘッド。魔法使いらしくない、どちらかといえば武闘家のような姿だが、土属性のAA+ランク、アースドラゴンを召喚した実力者だ。


 カロの言葉に、ユーサンは全く動じずに言い返す。

「足元をすくうだって? 俺の足元よりもはるか下にいるお前が、どうやって?」

 第2試合が始まる前から、早くも二人の舌戦が繰り広げられていた。



 一方こちらは控え室。

 模擬戦ポージングを終えたマチョダが椅子に座りふうと一息つくと、モカが頭を下げて謝ってきた。


「マチョダさん……ごめんなさい」


 突然のことにマチョダはわけがわからなかった。しかしモカの様子を見ると、体が小刻みに震えている。泣いているようだった。


「スリムゥが言ったように……私とマチョダさんの連携が全くできていなくて……そのせいでマチョダさんを危険な目に合わせてしまいました……ごめんなさい」


 連携? 危険な目? 何のことか彼にはさっぱりだったが、とりあえず、ここはモカを安心させなければいけないなと思った。マチョダは大きな右手を、モカの頭の上に優しく置いた。


「大丈夫、何も心配しなくていい。だって、俺は……マッチョだから」

「マチョダさん……」

 モカは目にたまった涙を指で拭いながら、精一杯の笑顔を作った。


「私、もっとマチョダさんのことを知りたいです。そして、最高のパートナーとして、一緒に世界中を冒険したいです!」


 側から見れば愛の告白のようなシチュエーションに、思わずモカは顔を赤くして後ろを向く。しかしマチョダにしてみれば、遥かに年下のモカは娘のような存在。自分を慕ってくれる姿に恋愛感情のようなものはないのだが、嬉しいことには変わりなかった。


「ありがとうモカ……。俺のことをもっと知りたい、か。なら一緒に筋トレでもしようか! 筋トレをすると俺のことだけでなく、自分自身のことももっと知れるようになるぞ!」

「……それはお断りします」

 モカは一瞬にして冷静に戻ることができた。



「それにしてもマチョダさん……筋肉属性って、風属性に近い魔法だったんですね! わたし、びっくりしました! 昨日まで使えなかった魔法が一回で成功するなんて!」

「魔法? 俺が?」

「ええ、最後にスリムゥを吹き飛ばした……あれは上級魔法以上の威力がありましたよ!」


 先ほどまでのシュンとした姿はどこへやら、興奮気味にモカが褒めてくれるが、マチョダには全く自覚がなかった。ポージングしていたら突然肌寒くなって、くしゃみをしたら大歓声が上がったのだ。さすがに筋肉のことばかり考えているマチョダでも、自分のポージングに対する拍手では無いことには気がついたのだった。


 彼は思わず、両手の掌を広げて見つめる。俺が魔法を……? 信じられなかったが、モカがそういうのなら間違い無いのだろう。実感できていないのが残念だったが、マチョダは少し嬉しかった。



「ウオオオオオ!」



 控室の外から大きな歓声が聞こえた。

 どうやら第2試合が白熱しているようだ。二人は休息もそこそこに、ユーサンとカロの試合を観戦することにした。

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