第12話 模擬戦第1試合 モカ対スリムゥ

「それでは第1試合の二人は闘技場の中央へ!」


 審判を務める先生が、モカとスリムゥを呼ぶ。が石でできた舞台に上がると、観衆からの応援が一層大きくなる。


「やっとこの間の恨みが晴らせるわ」スリムゥが歩きながらモカに言う。「いいことモカ・フローティン! この場でどちらが上なのかはっきりさせてやるわ!」

 スリムゥは気合十分だった。しかし、モカは恨まれるようなことをしたかな? とよくわかっていなかった。それよりも、昨日までうまくいかなかったマチョダの魔法と、彼が少し元気がないことが気がかりだった。 


 ――三人いるぞ! 戦いは1対1だろ?

 ――あのでかいのはモカの召喚獣だ! 戦闘前から召喚済みだなんて……魔力の消費を考えているのかよ!

 ――だけど……あの召喚獣からは魔力を全く感じないぜ!


 観衆がざわつく中、審判がに対して諸注意を告げる。

「あくまでも模擬戦だから! 一応防御魔法などの対策は取ってあるけど……無茶なことはしないのよ!」


「はーい先生! でもさぁ……」スリムゥが意地悪な顔をしてモカを見る。

「ここで怪我とかさせちゃっても、模擬戦だから仕方ないよね?」

 スリムゥは明らかにモカのことを挑発していた。ふう、とモカは一つ息を吐くと、スリムゥに向かって言った。

「弱い犬ほどよく吠える……という言葉を知ってる? 今のあなたにぴったりよ」

 一瞬の空白を置いてから、自分が馬鹿にされたと気づいたスリムゥは、顔を真っ赤にして「ムキー!」と叫ぶ。そして、モカから距離をとった。


「出てきなさい、フロスティ! あのいけ好かない魔法使いをぶちのめすのよ!」


 スリムゥは召喚獣を呼び出すと、戦闘態勢に入った。それを見て、モカも口を真っ直ぐに結んで構える。マチョダは目を閉じて、大きく息を吸って、お腹を凹ませた。腹筋が引き締まる。


「それでは、第1試合……はじめ!」


 先生の合図とともに大きな銅鑼の音が会場に鳴り響く。ワァァァ! という歓声とともに闘技場の空気が震えた。


 ――審判からポーズの指定は……ない。これは自分で好きなポーズをとっていいという大会なのかな?

 マチョダはどうやらボディビルの大会と勘違いしているようだった。モカはそもそも、模擬戦とは何かについてマチョダに教えていなかったのだ。当然わかっているものと思って、この一週間ひたすら魔法の練習ばかりしてきたのだった。

 審判の目線はモカとスリムゥを行ったり来たりしていて、マチョダのことを見ていない


 ――じゃあ、最初は……やっぱりフロントリラックスポーズ(*1)だな! 次はサイドリラックス! バックリラックス!

 マチョダはボディビルの大会と同じように、決められたポージングをとっていく。素晴らしい筋肉なのだが、観衆はフロスティの氷魔法の凄さに見入っていた。


「ははは、守ってばかりじゃ勝てないわよ、モカ・フローティン!」


 30m四方の舞台に、次々とスリムゥの召喚獣フロスティが吹雪を放つ。それをモカは自ら作り出した炎の魔法の壁でかき消していく。


 ――モカの召喚獣は何をしているんだ!

 ――なんか変なポーズばかりしているぞ!

 ――大技を出すための下準備なのか?


 フロスティが目立てば目立つほど、マチョダが比較されてしまう。そこで観衆は気付いてしまうのである。マチョダは何もしていないと。


「どうしてあんたの召喚獣は何もしてこないのよ! もしかして召喚獣無しでも勝てると……私を下に見ているのね!」

 なかなか反撃に転じないモカに対して、スリムゥが苛立つ。

「そうじゃ――」

 何もしてこないのではない、何もできないのだ。モカも「私に任せてください」と言ったものの、どうしていいか悩んでいた。そのときだった。


「バカにしないでよ! 無理にでも召喚獣を使わせてやるわ!」

 フロスティがマチョダに向けて吹雪を放った。

「むっ?」

 ポージングをとっていたマチョダを超低温の冷気が襲う。一瞬で彼の体は真っ白になり、身体中が薄い氷で覆われる。そして、パキ……という音を最後に動かなくなった。


「マチョダさん!」

 モカが両手から炎を出し、マチョダを溶かそうと走り出す。しかし、二人の間にスリムゥとフロスティが立ちはだかる。

「情けない……召喚獣との連携も全くダメじゃない。何が天才魔法使いモカ・フローティンよ……笑わせるわ!」


「くっ……」

 連携。確かにこの一週間、マチョダと魔法の訓練しかしてこなかった。なんとかしてマチョダに魔法を使わせたい。そのことで頭がいっぱいで、一番大切な召喚獣との信頼関係の構築を疎かにしてきてしまった……モカは言い返せなかった。


 スリムゥとフロスティの向こうに、真っ白なマチョダが見える。

――ごめんなさい……私のせいでマチョダさんがやられてしまった。早く氷を溶かしてあげないと命が……あれ?――

 焦るモカだったが、固まっているはずのマチョダが少し震えた気がした。

「?」モカが不思議そうにマチョダを見る。


 スリムゥもモカの視線が自分ではなく、自分の後方に向けられていることに気がつき、後ろを振り返る。すると、マチョダの体がブルブルと震えだし、

「へっくしょん!」

 彼は闘技場に響き渡るくらいの大きな声でをした。

 ものすごい衝撃波がマチョダを中心にして放射状に放たれた。同時にバキバキッと彼を覆っていた氷が音を立て、小さい刃となって全方位へ飛んでいく。


 言葉を発する暇もなく、スリムゥとフロスティはとてつもない勢いの衝撃波で観客席まで吹き飛ばされた。そしてクランチ校長の作り出した魔法の防御壁に叩きつけられて、意識を失った。モカは瞬時に作り出した防御魔法でことなきを得たが、マチョダの恐ろしい魔法――ただのくしゃみだけど――に驚いていた。


「…………」

 氷の刃は観客席の防御壁にぶつかって砕け、キラキラと氷の欠片かけらとなって会場に降り注いだ。それは日の光に反射して会場中を美しく彩る。まるで、闘技場の中心に立っているマチョダを祝福しているかのようだった。


 観衆も一瞬何が起きたのかわからなかったが、フロスティの姿が消え、スリムゥが壁に叩きつけられて気絶しているのを見ると、

「ワアァァァァ!」

 闘技場に割れんばかりの歓声が上がったのだった。


(*1)ボディビル大会の最初に行うポーズ。ニコッと笑って、普通に立っているだけ。

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