第73話 魔力が底をつく

 大広間の中、魔法使いたちは苦戦していた。


 倒しても倒しても、魔王は小さい悪魔を大量に口から吐き出し続ける。それなのに魔王の魔力は一向に減る様子がなかった。それは叡智の腕輪を持ったシック・スパックを飲み込んだからでもあるのだが、腕輪の力を知らない魔法使いたちはそんなの知る由もない。


 魔王は自ら手を下すまでもないと思っているのか、小さな悪魔たちと戦う魔法使いたちの様子を、余裕の表情で観察していた。


「くそっ! そろそろ魔力も底をつくぞ!」

 ユーサンが炎の竜巻を発生させ、数十体の悪魔を燃やしながら言う。


 スリムゥとレンダが乗っている召喚獣フェンリルもだんだんと動きが鈍くなってくる。スリムゥが放つ氷の魔法もだんだんと範囲が狭まってきた。

「あーもう! これじゃキリがないって!」


 ナナ・スージーも魔王に近づき、攻撃を加えるがその巨体の前には大したダメージを与えることができなかった。しかも傷をつけても瞬時に回復する。このままでは全滅してしまう、何か策を考えなければ。


 他の魔法使いたちも善戦しているのだ。だが圧倒的多数の敵の前に、魔力が減っていくだけ。だんだんと絶望にも似た感情が魔法使いたちにおしかかる。

 ユーサンたちが考えるのはただ一つ。


 ――モカ、マチョダ! 早く来てくれ!


 そのとき、クランチ校長が準備した大広間を覆い尽くしている結界が音を立てて崩れた。


「!?」


 ――校長の魔力が尽きたのか?


 ユーサンとナナ・スージーがクランチ校長の方を向く。しかし校長自身も驚いた表情をしていた。魔力が尽きたわけではないのに、悪魔から攻撃をくらったわけではないのに、突然結界が何者かに破壊されたのだ。

 嫌な予感が魔法使いたちの頭をよぎる。


 ――まさか、悪魔教の人間が外から入ってきたのではないか!?


「サア、そろそろオ遊ビモここマデダ……」


 これまで小さな悪魔を吐き出すだけだった魔王が、ついに動き出した。大きな巨体をゆっくりと動かし、右手を水平に伸ばす。その方向には、椅子に座ったまま腰を抜かして動けない国王、タメロン三世がいたのだった。


「まて、やめんか! 王座、王座は譲ってやるから! な! 命だけは助けてくれ!」


 タメロン三世は情けない声を出しながら、椅子から転げ落ち、体を引きずって逃げようとする。



 ビュウウウゥ!



 いきなり強烈な風が巻き起こり、タメロン三世が吹き飛ばされた。


「ぎゃあ! 死ぬ!」


 風は勢いよく魔王から遠ざかり、大広間の入り口近くまでタメロン三世を運ぶと自然に消滅した。そのまま国王は数メートルの高さから落下する。


「ぎゃあ! 死ぬ!」


 しかし地面に叩きつけられる前に、誰かにがしっと抱きかかえられて事なきを得た。――助かった……死ぬかと思った……。兵士長か? それとも魔法使いの誰かが助けてくれたのか? こりゃ褒賞ものだ!


 タメロン三世が自分を助けてくれた者――今、自分を抱きかかえてくれている者――の顔を見る。それは、マッチョだった。


「ぎゃあ! マチョダ! 死ぬ!」

「ん? どうして俺の名前を知ってるんだ?」

(マチョダが国王と対峙したのは、スーパーマチョダ人のときだったので、記憶にないのだ)


 強烈な風は魔王が発生させたものではなかった。魔王の攻撃がタメロン三世に届く瞬間、モカが風の魔法を使って国王をここまで運んだのだった。

 最後、空中から国王を落とし、マチョダがキャッチする。それは、モカのちょっとした仕返しのつもりだった。


「王様は安全な場所へ隠れていてください」

 モカが言う。


 マチョダが国王を下ろすと、彼は「ひいいいぃ!」とその場に崩れ落ちてしまった。「兵士……魔法使い……だれでもいい……私を運べぇ……」

 みんな小さい悪魔との戦いで精一杯で、誰も助けにきてはくれなかった。



 国王を助けるために使った強力な風の魔法に、大広間にいた魔法使い全員が注目していた。桁違いの魔力を感じて、その使い手の方を見る。


「ふっ……やっと来やがったか」

 ユーサンが表情を緩める。

「あーっ、モカ! 遅い遅いおそーいっ!」

 スリムゥとレンダも疲れ果てていながらも、嬉しそうに言った。


 さあ、役者は揃った。これからが本当の戦いだ!

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