第72話 久しぶり、爺さん
「わぁ、すごい! マチョダさん。お店がいっぱいですよ!」
「さすが、卒業認定試験ってのは盛り上がるんだな!」
「本当はその1週間後の模擬戦の方がすごいんですけどね!」
モカ・フローティンとマチョダは魔法学園オリンピアの、大広間の前の広場に出店されていた屋台の前にいた。
クランチ校長が来賓を多く呼んでことで、今年は例年以上に屋台が増えたのだ。(ええい、屋台を規制するのも難しい! だったら私が全部魔法でなんとかするわい! という校長の心の声が聞こえてきそうだ)
だったら、試験が終わった後に大広間を借りて、逆召喚魔法を使ってマチョダさんを送り返そう。だったら、最後の最後くらい楽しんで思い出を作らなくちゃ! モカはそう思って、マチョダとの最後の時間を楽しんでいたのだった。
自分の後輩の召喚魔法……モカは興味がないわけではなかった。しかしそれよりもマチョダとの最後の時間が優先だと思っていた。
マチョダはというと、自分の世界へ戻る――妻や娘に会うことができる――という期待と、この世界も悪くなかったなという惜別の思いとが入り混じっていた。だが、屋台の「肉」と言う文字を見て、そんなものは一瞬にして吹き飛んでしまった。モカの手を掴むと強引に「肉」の店へと飛んでいった。
「おお、あんたたちは」
「爺さん! 久しぶりだな!」
「ご無沙汰してます、ムキ爺さん」
肉の店主はあのムキ爺だった。交易都市ローインで古代の迷宮の受付をしていた爺さんだ。
「古代の迷宮を踏破したんだっての、おめでとう」
噂はムキ爺のところにも届いていた。ムキ爺は細い手をゆっくりと差し出す。それにモカが手を伸ばし、がっしりと握手をする。
「ありがとうございます。でもムキ爺さん、今日はどうしてここへ?」
モカが尋ねると、ムキ爺は大広間を指差して言った。
「クランチ校長に呼ばれたんじゃ。久しぶりにオリンピアへ来んか、と。肉の店でも開いたら、きっとお前さんが来るからと言っておったわ」
お前さん、とマチョダを指差した。
「それに、お客さんが困っていたら助けてくれとも言われての。困るっていうのがどういうことかはわからんが……このムキ爺、まだまだ魔力は若いもんには負けるつもりはないぞ!」
ムキ爺が何か意味深な話をしているようだったが、マチョダはただただ肉が食べたくて仕方がなかった。
☆★☆
「うまい、うまい! やっぱりタンパク質補給は肉に限るな!」
「私はお肉の美味しさとかよくわかんないですけど……マチョダさんの世界は普通にお肉を食べるんですか? 野菜とか果物も美味しいんですよ」
「俺の世界にも野菜も果物もあるんだ。バランスよく食べるのが大切ってわけだ!」
美味しそうに肉を頬張るマチョダを見て、モカが嬉しそうな顔をする。これを食べ終わる頃、卒業認定試験も終わるだろう。そしたらお別れ――。
「マチョダさんは元の世界に戻ったら、お仕事はどうされるんですか?」
「うま……え? ああ、俺はさ、こんなマッチョな姿をしているけど……探偵(*1)をしているんだ」
「探偵?」初めて聞く職業にモカが首を傾げて聞き返す。
「そうだなぁ……いろいろなことを調べる仕事といえばいいかな」
「へぇ、研究者みたいなものですか?」
「うーん、ちょっと違うな。敵の秘密を探る、みたいな感じ?」
「なるほど……なんだかかっこいいですね!」
そんな他愛もない話をしていると、突然大広間の方から「きゃあああっ!」という悲鳴と共に、大勢の人々が逃げるようにして走ってきた。
「な、何事だ?」
「向こうは……大広間です!」
生徒やその親、また卒業認定試験を見学に来ていた人たちが何かに怯えて逃げている様子を見て、二人はただ事ではないことを悟った。逃げ惑う人々は倒れ、後ろからくる者がそれにつまづく。屋台を楽しんでいた人々も、何が起きたのかはわからないが一緒に逃げ始める。人の流れに屋台はなぎ倒され、あちこちで泣き叫ぶ声が聞こえた。
「なんとかしなきゃ!」
モカはさっと風の魔法を唱え、屋台など避難の邪魔になりそうなものを空中に浮かせる。マチョダも逃げる小さい子供たちやお年寄りを抱きかかえ避難させる。
「校長の言っとったんは、このことか?」
ムキ爺も魔法を使って、逃げ惑う人々が怪我をしないようサポートを行っていた。
大広間からも、中にいた何人かの魔法使いが出てきて、パニックにならないよう上手に魔法を使って避難の手助けをしていた。
そこにはリーンの姿もあった。彼女は遠くからモカのことを見つけると、大声で叫んだ。
「モカァ! お願い大広間に急いでぇ! マジでやばいからぁ!」
「リーン? ……大広間で何か起きているみたいです……マチョダさん、行きましょう!」
「おう!」
モカとマチョダが大広間に向かって走り出す。
大広間の入り口に近づくにつれ、爆発音や叫び声が聞こえ、魔法による戦いが行われていることもわかった。――何かと戦っている? 召喚獣が暴走でもしたのかしら? モカはそんなことを思った。
すると、あと数歩で大広間というところで、突然内側からバリアが貼られてしまった。(前の話の最後に、校長先生が貼ったバリアである)
「ぐおっ!」
マチョダはそのバリアに体当たりする格好になり、弾き返されてしまう。
「こりゃあ、中に入れんな!」
「そんな! 確かに中では戦いが起きています。マチョダさん、なんとかなりませんか?」
マチョダがバリアをツンツンと突っついたり、押したりしてみるが、透明な硬い壁はびくともしない。モカもバリアに向かっていくつか魔法を放つが、全て弾かれて空へと消えていく。
「うーん、これはなかなか硬い!」
そんなとき、マチョダの鼻に一匹の蝶が止まった。「あら、かわいい!」モカがすぐに反応するが、マチョダにとってはむず痒いだけ。「へっ、へっ」鼻を数回すすって――。
「へっくしょーい!」
バリン!
クランチ校長の作り出したバリアは、マチョダのくしゃみで粉々に砕け散った。
(*1) 以前マチョダは会社員である(第28話参照)という説明をしていましたが、諸事情により探偵へと変えました。別に会社員から探偵に変えたところで、マッチョなことは変わりません。話に何の影響も与えません。ご了承ください。
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