第10話 さすがのマッチョでも
六日後。
モカとマチョダは魔法学園オリンピアの外れにある演習場にいた。いわゆる「どんな大掛かりな魔法でも使っていいですよ」的な広々としていて、また破壊しがいのある巨木や岩山などがある場所だ。ここはどれだけ破壊しても、一日経てば元の状態に戻る魔法がかかっているという。
「うーん、やっぱり魔法は難しいですね……」
「すまない、期待に応えられなくて……最近どうも調子が悪くてな」
「ううん、いいんです。マチョダさんも慣れない環境での生活が、ストレスになっているのかもしれません。明日は私が何とかしますから、大丈夫です!」
卒業式を明日に控え、モカとマチョダは困ってしまった。約一週間、魔法の特訓をしているものの、マチョダは一向に魔法が使える気配がなかった。それもそのはず。マチョダの魔力はゼロだからである。しかし、マチョダは魔力=マ(ッチョ)力と思っているし、モカは先日校長室で目の当たりにした熱気を魔力だと勘違いしているしで、無駄な努力を繰り返しているのだった。
「とりあえず、全属性の魔法を試してみましたが……何かもう一度試してみたい魔法とかありますか?」
「いや……体を動かすのは好きなんだが、頭で念じて気を練って放つ……っていうのがどうもよくわからなくてね。やっぱり俺には魔法は向いていないのかもしれない」
さすがのマッチョでも一週間も魔法の練習をしたのに成果が出ないとわかると、凹んでしまうものなのである。筋トレであれば見た目にも数値にも現れるのだろうが、全く形に出てこないとなると、あながち魔力ゼロだということも嘘ではなかったのではないか、と思うようになるのだった。
さらにこの一週間、マチョダは十分なタンパク質が摂れていないというのも大きかった。これまでは1日6食、タンパク質の補給を切らさないようにしていたのだが……。この世界に召喚されてからは、サラダ、木の実、果物などが中心の食事ばかり。どうやらモカはあまり肉を食べる習慣もないようで、完全にカタボリック(*1)状態なのであった。
「魔法を使おうと思っているからいけないのかもな。意外とパンチとかしてみたら魔法が出たりして……」
マチョダは近くにあった大岩――自分より数倍も大きいもの、の前に立つと、「はあぁ!」と力を込めて右手の拳を前に突き出した。そして大岩にぶつかる寸前でビタっと止めた。寸止め、というやつだ。さすがのマッチョでも、岩に自分の拳をぶつけたら壊れてしまう。それに、そもそもマッチョの筋肉は他人を傷つけるためのものではないのだ。
「……」
しばらく沈黙の時間が流れる。当然ではあるが、大岩はびくともしない。
「……うん、やっぱり無理か」
「マチョダさん……さすがに自分の拳を突き出しても魔法は出ないと思いますよ」
「だよな、漫画の世界じゃあるまいし」
「そろそろ、明日に備えて早めに休むとしましょう。今日はとっておきの夜ご飯にしますからね」
「できればタンパク質多めにしてもらえると助かる」
いよいよ明日が卒業式だというのに、二人は大した成果を得ることもできずに、演習場を後にした。
しばらくして、演習場にユーサン・ソウンドがやってきた。彼もまた、明日の模擬戦のための最後の調整をしにきたのだった。
「いでよ、イフリート!」
ユーサンが叫ぶと、彼の背後に全身から炎を吹き出している精霊、イフリートが現れた。ユーサンの二倍以上の大きさで、そこに存在するだけで、熱で周りの空気が歪んでしまう。誰の目から見ても、強大な魔力を放出していることがわかる。
「ヘルファイア!」
ユーサンの手の動きに合わせて、イフリートが炎を放つ。目の前にあった巨木が一瞬にして炎の渦に包まれ、黒焦げになってしまった。もしこれが他の精霊や魔法使いに直撃したらあっという間に命を落としてしまうだろう。そのくらい強力な魔法だった。
ユーサンは次々に炎の魔法を放っていく。そのどれもが強力で、見ているものを震え上がらせる威力をもっていた。
「よし……こんなもんかな。いよいよだな……」
明日に支障が出ない程度に魔法を使い、そろそろ帰ろうと大岩の前を通り過ぎたときだった。そこで彼は信じられないものを見たのである。
「なんだ……これは」
自分の体の数倍はあろうかという大岩の中心に、拳の形をしたくぼみができていて、そこから放射状にヒビがはいっていたのである。いうまでもなく、それはマチョダが先ほどパンチを放った後にできたものだった。しかも、マチョダがパンチを放った側にできたものではなく、岩の裏側にこの
――こんな魔法……初めてみたぞ。俺の前に、ここで誰かが魔法を使ったんだ……モカ・フローティンか? いや、あいつの召喚獣は陰属性の幻惑魔法のはずだ。こんな威力のある魔法は……陰属性にはない。ということは土属性……実力を隠している奴がまだいるってことか……。ふふっ、明日の模擬戦は面白くなりそうだぜ!
ユーサンは自分の精霊であるイフリートとともに、武者震いしていた。
(*1) ざっくりいうと、プロテイン不足で筋肉が減っちゃってる状態のこと。
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