第70話 魔王召喚

 大広間にいる観衆は声も出ず、ただ目の前に現れたシック・スパックの召喚獣を見つめていた。天井まで届きそうな大きな漆黒の巨体。目は赤く輝き、口は裂け、そこから炎が溢れ出す。ハァ、ハァと息をするたびに、黒く禍々しいオーラが周囲に飛び散る。


 ――シック・スパックは悪魔を召喚した。


 誰もがそう思った。だが、これは卒業認定試験――いわば儀式の一つなのだ。しっかりと鑑定が終わるまでは騒いではいけない――と、会場は静かなままだった。


「それでは、シック・スパックの召喚獣の鑑定を行うわね」

 クワット先生がそう言って、悪魔に近づく。すると、鑑定が終わるまでは動き出さないはずの悪魔が突然、その大きな手で先生に襲い掛かった。


「ひいっ!」

 バチィン! とクワット先生の周囲に魔法の壁が発生して、悪魔の攻撃を間一髪で防いだ。

「!?」

 観衆が驚くと、近くにクランチ校長が控えていて、彼が魔法を使って助けたのだということがわかった。



「我ハ……魔王。この世界ヲ滅ぼすモノナリ……」



 黒い悪魔はそう言うと、足元にいたシック・スパックを掴み、自身の顔の前へと持ってきた。シックは目を輝かせて魔王に語りかける。

「ついに成功した! これから世界は悪魔教が支配するのだ! 魔王よ、この世界を滅ぼし、無に返すのだ!」


 魔王は捕まえているシックを、赤い瞳でじっと見つめると、そのまま大きく口を開けて、彼をそこへ放り込もうとする。

「な……何をする! 俺はお前を召喚したんだぞ! あるじに従え、魔王!」

 このままでは魔王の口の中へ落とされ、食べられてしまう。シックは激しく抵抗するが、大きな黒い手の中で動くことすらできなかった。


「フン、人間如きがおこがましイワ……魔王ヲ召喚して使役するダト? アリエンな」

「うわああぁぁぁ!」

 大広間。大観衆が、国王が見ている目の前で、魔王はシック・スパックをにした。




 シン……という静寂。




 そしてせきを切ったように、「きゃあああぁぁぁっ!」と大広間に悲鳴が響き渡る。 

 大観衆は逃げ出す者と逃げたくても恐怖のあまり立てない者とでごった返した。人々は押し合い、転び、パニックになる。



「魔法使いたちよ、魔王を倒すのだ! 支援系のものは避難を助けよ!」

 クランチ校長が大きな声で叫んだ。


「おいおいおい……なんてことだ!」

 スリムゥとレンダが天井まである大きさの魔王を見上げて戦慄する。膝が震えて座っている場所から立てなかった。


「私は攻撃が得意じゃないから、避難の方に回るわ! スリムゥとレンダ、あとは頼んだわよ!」

 リーンが颯爽と立ち上がり、自身の召喚獣とともに観衆の避難に向かった。


「どうした、震えているのか? 全力で魔法をぶつけられる最高の機会だというのに!」

 ユーサンの頭上にはイフリートが炎を揺らして待機していた。スリムゥとレンダを見てフッと笑うと、魔王の元へと走り出した。


「あっ、今ユーサンが笑った! くそ、バカにしやがって!」


 パンパン! とレンダは自分の頬を両手で数回叩くと「おし! 気合入ったわ!」と立ち上がる。そして自身の召喚獣であるウィンディにスリムゥを乗せると、空を飛んで魔王へ向かった。


「スリムゥ……魔王は口から火を吐いてんじゃん。あんたの氷魔法がめっちゃ効くと思うんだよね……ここで倒したらヒーローだよ! 気合入れな!」


 スリムゥはそう言われて、大きく息を吐いた。「ごめん、もう大丈夫。ちょっとびびっただけだから」しっかりと目を開けて、魔王を睨みつけた。

「さあ、みんなで魔王退治といきますか!」


☆★☆


 ナナ・スージーも初めて見る魔王の姿に、若干恐怖を覚えていた。

 ――クランチ校長ははじめからこのことを想定して私たちを呼んでいたというの?


 自身の召喚獣を呼び出し、状況を確認する。


 ――巨大な魔王に対して、こちらは招待客や先生を合わせて魔法使い数十人。生徒や保護者を避難させる役割は……主に国王が連れてきていた兵士たちが行っている。大丈夫。


「こりゃあ、あとで何か美味しいものをご馳走してもらわないと割りに合わないね!」


 こんなにドキドキするのは古代の迷宮に潜ったとき以来かもしれないね……。彼女は気合を入れ直して、魔王の元へと向かった。


☆★☆


 タメロン三世は、シック・スパックが召喚した悪魔を見て恐ろしさのあまり腰を抜かした。

 一年前に王宮にスーパーマチョダ人が来たときと同じような感じだった。いや、あのときは完全に自分だけに敵意が向けられていたから、どちらかといえばスーパーマチョダ人の方が怖いかもしれない。

 

 それに今回は王宮魔術師を始め、魔法使いがたくさんいるから自分が狙われることはないだろう。この高い場所にある椅子から戦いを眺めておくことにしよう――と思っていたら、ちょうど魔王の目線と同じ高さに自分がいることに気づいた。


「ヤバいヤバいヤバいヤバいぞ! こっち見んなよ、こっち見んなよ!」

 心の声が漏れてしまい、タメロン三世は魔王と目が合った。


「ぎょえぇぇぇぇ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る