第69話 モカを超えた男の召喚魔法

「で、次で最後の卒業生だってさ」


 スリムゥが退屈そうに言った。レンダもあくびをしているし、リーンも不満足げ無表情だった。ユーサンはこの後控える結婚式に向けて、若干緊張の面持ちだった。


 結局今年の卒業認定試験も、蓋を開けてみれば例年通り、いや例年以下といった感じだった。Aランクの精霊を召喚する卒業生が2、3名いたくらいで、他はみんなB、Cランク。一昨年はユーサンがAAA、カロ・リーがAA+、リーンがAAだったことを考えると、どうしてクランチ校長がみんなを集めたのか疑いたくなるレベルであった。(ちなみに、スリムゥはA+、レンダはB、モカはMマッチョである)


「わざわざ呼ばれてまで見に来る必要あった、これ? ほら、国王も退屈そうにあくびしてんじゃん」


 スリムゥの視線の先には、あくびをしながら半ば眠りこけているタメロン三世の姿があった。彼も他の招待客と同様に、どうしてこの程度のレベルの卒業認定試験を見なければいけないのかと呆れ返っていた。


「えっとぉ、最後はシック・スパックっていう男の子だって。資料によると、歴代最高の成績を叩き出したらしいよぉ」


 スリムゥが事前にもらっていたリーフレットに目を通しながら言う。


「歴代最高? え、じゃあモカを超えてるってこと?」

「ありえないんだけど! うちらのモカが一番に決まってんじゃん、なぁユーサン!」

「あ、ああ」


 ユーサンはそれまで結婚式(妄想)のことで頭がいっぱいだったのだが、シック・スパックという少年が大広間の真ん中にやってきたときに、これまでの卒業生とは違う何かを感じていた。


「あいつは……何か嫌な予感がするぞ」

「え?」

 スリムゥが聞き返したと同時にシック・スパックの召喚魔法の詠唱が始まった。


 ☆★☆


 シック・スパックはごく平凡な生徒だった。


 しかし冬休みを境に急激に魔力を伸ばし始めた。実家に帰って鬼の特訓をしたんだろうとか、やばい薬に手を出したんじゃないかなどと生徒たちの間で噂されていたが、彼は笑顔を浮かべるだけで理由を答えることはなかった。そして自慢することさえもなかった。


 卒業までの数ヶ月で、彼は他の生徒たちの成績を一気に追い抜いた。そして、天才と言われたナナ・スージー、モカ・フローティンさえもはるかに凌ぐ成績を叩き出したのだった。


 これには先生たちだけでなく、ライバルであるはずの他の生徒たちも興奮を隠せなかった。卒業認定試験ではこれまでにない召喚獣を呼び出すに違いない。周囲の期待は膨らんだ。だが、それでもシック・スパックは偉ぶることなく、これまでと同様に振る舞っていた。


 先生も生徒も知らなかった。


 いつも長袖の服を着ている彼が冬休み以降、右腕に見慣れない腕輪をつけていることを。それがヴァルクの村に埋められていた、シュワルツのだということを。そして、彼がであるということを。


 ☆★☆


の加護のもと

 この地へ舞い降りよ

 世を司る火水土風陰陽の

 六つの精霊たちの祝福など

 我の前へと姿をあらわせ

 心を繋ぎ、の契約を結ばん!」

 

 その詠唱とともに、大広間の天井を埋め尽くすほどの巨大な魔法陣が生成され、青白く光り輝く。

 ユーサンはその詠唱を聞いて、ガタッと席を立つ。――これは……やばいことが起こるぞ! みんなを避難させなければ!

 しかし、呪文の一言一句に注目などしない観衆は、今日イチ大きな魔法陣を見て興奮状態にある。このような状態でユーサンが何かできるわけもなかった。


 タメロン三世も初めて見る大きさの魔法陣に、さっきまでの退屈そうな態度はどこへやら。身を乗り出して見物する。


「なんだよ、モカの魔法陣の方がおっきかったよなぁ!」

「全くよ。これで歴代最高とは笑わせるわ!」

 どうしても「私たちのモカが負けるのは許せない」らしい、スリムゥとレンダはそう悪態をつく。



 シック・スパックは両手を高く伸ばし、体から大量の魔力を放出する。その量はこれまでの生徒とは比べ物にならなかった。


 そのときに、ちらりと右腕の裾から銀色の腕輪が見えた。大広間にいるほとんどはそれに気づかず、また気付いたとしてもごく一般的なアクセサリか何かだと気にも留めなかった。


「あれは!」


 ただ一人、タメロン三世だけはその腕輪が何なのか、見覚えがあった。――モカ・フローティンが古代の迷宮で見つけたという腕輪にそっくりじゃないか! あいつから譲り受けたのか? もしかして近くに潜んでいたりするかもしれぬ!


 タメロン三世は近くに待機している兵士を呼びつけ、何やらひそひそと話をする。兵士はうなづき、一礼するとさっとその場から姿を消した。


 観衆は魔法陣の大きさと美しさに見とれ、召喚獣が出てくるのを今か今かと待ちかまえていた。


「これがシック・スパックの召喚魔法……」

「一体、どんな召喚獣がでてくるというの……?」


 魔法陣が一層強く光り輝き、その中心から何かが召喚されようとしていた。魔法陣を見つめている全員が、そしてシック・スパックもごくりと唾を飲み込んだ。


 ゴゴゴゴゴ……と大広間の空気が震える。他の魔法使いが召喚魔法を使うときにはあり得なかった現象だ。そして青白く光っていた魔法陣がへと変わる。と同時に大広間も薄暗くなり、辺りから黒いオーラが発生し出した。


 ――黒!? これまでの生徒たちの召喚魔法では出てこなかった色だ!


 周囲で見守る生徒も先生も期待に胸をふくらませた。しかし、ユーサンをはじめとする高い魔力を持っている一部の者だけは、これが悪い方向へと進んでしまうような、そんな不穏な空気を感じ取っていた。



「出でよ! よ!」



 漆黒の魔法陣に赤い文字が浮かび上がる。そしてそこから黒い光が溢れ、魔法陣の中心から黒くおぞましい手が伸びてきた。さらに、そこから這い出てくるようにして真っ黒なが姿を表したのだった。

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