第66話 (アーノルド・シュワル)ツェネガー
金髪ロン毛、ふんどしマッチョ。
この地獄絵図が想像できるだろうか。可憐な新人冒険者モカ・フローティンの前に突如、変態が現れたのである。ふんどし一つを身にまとい、あとはすべて裸。いや、筋肉の鎧を装備していると表現すればよいのだろうか。鍛え上げられた肉体は芸術品……とまではいかないが、見るもの(モカだけ)を圧倒する力があった。
「――っ! 素敵っ! 素敵よっ、この筋肉☆」
マチョダとシュワルツの融合体、ツェネガーはモカに襲いかかるわけでもなく、ただただ自分の筋肉を見て、触れて、うっとりしているのである。
ムキっ!
軽く右腕を曲げて力こぶを作る。それを左手の人差し指でゆっくりと撫でる。浮き出た血管をツンツン! と触ると、ゾクゾクっと体を震わせて興奮した。
「ああっ! いい! この筋肉、好きィ★」
続いてツェネガーは片膝をついて、太ももを触る。パンパンに張ったそれは手で鷲掴みすることができないほど大きく、太かった。
「おお♪ 太いぃ♡」
次は腹筋。ふぅーっと深く息を吐き、腹にぐっと力を入れる。六つに割れた腹筋は板チョコのように規則正しく並んでおり、それぞれ盛り上がっている。その割れ目に指を添わし、恍惚の表情を見せる。
嬉しそうに自分の体をなで回すツェネガー。自分に害を与える存在ではないと知ったモカは他人のフリしてそっぽを向いて、早くツェネガーの暴走が終わらないかなと考えていた。
「よし、じゃあ……最後にどうしてもやってみたかったことをするわ♫」
最後、という言葉に反応して、モカがツェネガーの方を見た。すると、彼(彼女?)はスクワット、腕立て伏せ、クランチなど各種の筋トレを始めたのだった。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ♤」
今まで見たことのない笑顔で、ツェネガーはいろいろな筋トレをこなしていく。
――これって、いつものマチョダさんと変わらないじゃない!
という野暮なツッコミはしない。モカは早くこの地獄のような時間が終わるのを待っているのだ。
「筋トレ筋トレ! やってみたかったのよねぇ♡」
大きく息を吐きながら、ときには「ぬおっ♧」と声を出しながら、ツェネガーは自分自身の体をいじめぬく。雪がちらつく広場の真ん中でその巨体は、体を鍛える喜びを存分に味わっていた。
「ふう。筋トレの後に流れる汗も素敵ねぇ♢」
一通りのトレーニングを終え、肩で息をしながらも満足げにツェネガーが言う。どこから持ってきたのかタオルで汗を拭きながら「汗の匂いもたまらんわ♡」と変態じみたことを口走る。
当然モカはツェネガーの言動に反応しない。反応したら負けなのだ。別に勝負をしているわけではないのだけれども。
「うーん、名残惜しいのだけれど……このくらいにしておかないとかわいそうかな。かわいい魔法使いさんが待っているものね☆」
マチョダの顔で金髪のロン毛。しかも裸。汗だく。そんなツェネガーがモカに向かってウインクをする。「は、ははは……」モカは苦笑いを浮かべるしかなかった。するとツェネガーの口から煙のようなものが飛び出してきて、それがシュワルツの墓の真上に集まる。煙がだんだんと人の形をつくり、やがてそれがシュワルツの姿形へと変化していった。と同時に、ツェネガーがマチョダへと戻っていた。
黒髪に若干白髪が見え始めた短髪、白いタンクトップにデニムの短パン。正真正銘、いつものマチョダだった。
「はっ!? 俺は一体……何を?」
声もいつもの低音。マチョダ本来のものに戻っていた。
「マチョダさん! よかった! 元に戻ったんですね!」
「おお、モカ。元に戻ったとは……どういうことだ?」
マチョダの問いに、なんと答えたら良いものか。モカは一瞬ためらった。「マチョダさんが金髪ロン毛魔女マッチョになって、全身裸で筋トレし始めたんです!」と言っても信じてもらえないだろう。すると、墓石の上で浮いているシュワルツが言った。
「マチョダ! あなたのカラダ……素敵だったわ!」
「ちょっとシュワルツさん! 誤解を与えるようなこと言わないでください!」
「……俺の意識がない間に何をしたんだ?」
シュワルツが両手を妖艶な手つきで自分の体に這わせながら、「あんなに気持ちいいことしたのに……覚えてないのぉ?」とマチョダを見つめる。
「……モカは見ていたのか? 俺の意識がない間の……俺の行動を?」
「し、知りません! 知っていても言いません!」
無事、ツェネガーがマチョダに戻ったのだが、その後始末が面倒だった。
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