第43話 E級冒険者の災難
E級冒険者ヒョ・ロガリーは怒り狂っていた。
たった一度の過ちで、こつこつと上げてきたランクが一番下まで落ちてしまったからだ。たった一度の過ちとは――そう、冒険者ギルドでモカ・フローティンと小競り合いをしたことである。
かわいらしい顔をしながらも強気な新人冒険者(当時はまだギルドに加入する前だったというのも、彼が降格した大きな原因でもある)と、わけのわからんマッチョな人間……あの二人のせいで俺の人生設計が狂ったのだ。それまで所属していたパーティからは追放され、一緒に行動する仲間がいなくなった。
E級に落ちたことで、これまで使えていたC級の特権(といってもC級だからたいしたことはないのだけど)もなくなった。みんなみんなみんな、その二人のせいだ。俺は何にも悪くないのに! いつか必ず奴らに復讐してやろうと思っていたのである。
しかし復讐心だけでは生きていけない。だからこうして古代の迷宮に入り、お宝や魔物を倒した後に手に入る素材等を売却することで生活費を稼いでいるのだ。
今日もそんな感じで、一人で第1層を歩いていると、彼は見かけてしまった。金髪で小柄な新人冒険者モカ・フローティンとでかいマッチョ人間、マチョダを。やつらもこの迷宮に足を踏み入れているのか! ここであったが百年目、この恨みはらさでおくべきか! と彼はこっそり二人の後を付け、手頃な岩場に隠れて復讐の機会をうかがっていた。
ヒョ・ロガリーの召喚獣はフェンリル(属性:火B)であり、火の魔法を使うことを得意としている。もとC級冒険者ということもあり、第1層の魔物には苦戦することはほとんど無い。だから今回の復讐も必ずうまくいくという自信をもっていた。
モカとマチョダは、ヒョ・ロガリーに気づくことなく(気づかないふりをしておびき寄せていることを彼は知らない)辺りをきょろきょろとしている。そうしている間にヒョはフェンリルをこっそり召喚し、手のひらの上に火の玉を作り出していた。
「くっくっく……これでやつらもおしまいだ!」
「やつらってだれのことよ?」
突然ヒョの背後から声がして、空から小さな氷の粒がたくさん落ちてきた。
「冷たっ!」彼の手のひらにあった火の玉も、氷のおかげで見事に消えて無くなっていた。
「みっともないですよぉ、
「そうそう、男ならがーんと向かっていけよ!」
ヒョが後ろを振り向くと、そこには見たところまだ若々しい女性の冒険者が三人。腕組みをして立っていた。つい数ヶ月前に魔法学校を卒業し、新人冒険者となったスリムゥ・ディエット、レンダ・トレニー、リーン・ビルダの三人である。彼女らの背後には当然のように召喚獣がいて、ヒョの方を見て威嚇している。
「な、なんだ貴様らは!」
「そりゃこっちの台詞だ! 私のダチに背後から何をするつもりだったんだよ!」
スリムゥがぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるものだから、さすがのモカとマチョダも何事かと気づき、四人の元へ近づいてきた。
「あっ、スリムゥたちも第1層にいたのね?」ヒョがいることを目視したが、気づかないふりをしてモカがスリムゥたち三人に話しかける。マチョダも「お、先日はモカと一緒に竜の谷まで行ってくれたようで。ありがとうなぁ」と、みんなで再会を喜び合った。
「っていうか、モカ! いきなりA級スタートなんですって? はあぁ、さすが天才魔法使い様はちがうわぁ!」
スリムゥの一言に、一人蚊帳の外だったヒョがびくっと肩をふるわせた。(はぁ!? こいつA級なの? 強いじゃん! こんなにちっさいのに……)
「マチョダさんも元気になったみたいですねぇ」リーンがそう言うと、マチョダは「君たちがドラゴンを倒してくれたおかげさ!」と力こぶを作ってポーズを取った。
(はぁ!? こいつらドラゴンとか倒してるの? ドラゴンって……東の谷の?)
ヒョは一歩後ずさった。
「そうそう、モカ! ユーサンがモカにめっちゃ会いたがっていたよ! モカ目当てで毎日のように冒険者ギルドを訪れたり、この迷宮に入り浸っているんだから!」とはレンダ。
(はぁ!? あの大型新人B級冒険者のユーサン・ソウンドとも知り合いなわけ? なんなんだこいつは……)
モカたちの話が盛り上がっているうちに、ヒョはこっそりとその場を後にした。
☆★☆
「はぁはぁ、なんなんだ、あのモカ・フローティンってやつは!」
しばらく草原を走り、ここまで来ればもう安全だというところで、ヒョは大きな木の近くに座り込んだ。今日はついていない一日だ。あと少しでいけ好かないあいつらに復讐することができたのに……。くそ、適当に魔物を刈って素材を持ち帰って売ろう……そう思っていたら、自分のもたれかけていた木の反対側に男が一人立っていることに気がついた。
「モカ・フローティンがなんだって?」
静かな口調で男がヒョに尋ねる。
「おお、聞いてくれるか? モカ・フローティンっていう新人冒険者がひどい奴で、この俺様になめた口をききやがってよぉ、だからボッコボコにしてやろうと思ったわけ!」
「ほう、それでうまくいったのか?」
「それがよ、友達かなんかが集まってきてドラゴンを倒したとかどうとかホラ吹きやがるのよ! ありゃあ嘘だね! あんな女どもにドラゴンが倒せるわけがねぇ!」
ヒョは調子に乗って、シュッシュッ! っと空中にパンチを数発打つ真似をする。「この俺様があんな悪い奴ら、ぶっ倒してやる!」
「へぇ、モカ・フローティンを?」
「そうよ! 俺様のフェンリルが本気を出しゃあ、最近有名になったユーサンとかやらのイフリートと同等以上の炎魔法を使えるってもんよ!」
ヒョは再びフェンリルを召喚し、手のひらの上に自分の頭と同じくらいの大きさの火球を作り出した。赤くめらめらと燃えさかり、周囲の温度が一気に上昇する。
と、ヒョは自分の作り出した炎よりももっと強力な熱を持つものの存在に気づき,腰を抜かした。
自分の反対側に座っていた男が突然目の前に炎でできた竜巻を作り出したからである。
「なっ、なんじゃこれ!」ヒョの声に男が答える。
「ファイアトルネード……俺の召喚獣、イフリートの炎魔法だ」
「いっ、イフ……ってことは、あんたは……まさか?」
ヒョの反対側に座っていた男が、鋭い目つきをして言った。
「ああ、俺がユーサン・ソウンドだ。で、お前のその手のひらのうえの魔法が……俺の魔法と同等だと?」
ボールほどの大きさの火球と10メートルほどの高さまで達している炎の竜巻。二つの魔法を見比べて、ヒョは笑うしかなかった。
「へへっ、冗談、冗談だよ! あんたの魔法にゃかなわん! ……そ、そうだ! あんた、モカ・フローティンをギャフンと言わせるために手伝ってくれよ、お礼はするからさ!」
ヒョのその言葉に、ユーサンの顔が
「俺の嫁の悪口を言うとは……お前、ここで死にたいらしいな……」
「よっ……嫁?」
☆★☆
「ぎゃあああああっ!」
という声が遠くから聞こえたような気がして、モカは不意に後ろを振り向いた。当然だがそこには草原が果てしなく広がっていて、風に草が揺れているだけだった。
「ほら、モカ! ボーッとしてると置いてくよ!」
「あっ、うん!」
こうして、モカはスリムゥたちと一緒に第2層を目指すこととなった。
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