第57話 処刑当日 モカ編
お城の地下、特別懲罰房。最も重い刑を受けた者が入る場所である。薄暗い石造りの部屋は当然ながら窓はなく、風は通らずじめじめとしている。壁にある一つのランプだけが、もの悲しく部屋の一角を照らす。そこにあるのは粗末な簡易ベッドと、薄汚れた銀の食器一つだけ。
モカ・フローティンはベッドに腰掛けて、ただじっとしていた。両手はうっすらと光る特殊な縄で縛られている。それには魔法を使えなくする術が込められているようで、転移魔法などを使うことはできなかった。
ここに閉じ込められて数日。召喚獣であるマチョダとも部屋を分けられて、声を交わすことさえできず、彼女は憔悴しきっていた。
どうしてこんなことに……。ただ私は両親に会いたくて冒険者になっただけなのに。お宝や封印された魔法とか、そんなものに興味はないのに。そして何より、マチョダさんに迷惑をかけてしまって……。ああ、マチョダさんは今頃何をしているのかしら。
そんなことを考えていると、突然遠くから威圧的な声がした。
「モカ・フローティン! 出発だ!」
兵士が二人、特別懲罰房へ入ってきた。
ああ、いよいよ処刑が始まるんだ……とモカは思った。これまでは食事の時しか来ることはなかった兵士が「出発」と言うのだから、向かう先は一つしかない。処刑場だ。
兵士たちが鍵を開けると、一人は縄を持ってモカを引っ張る。そしてもう一人はモカの後方につく。後ろの兵士は、モカが万が一反抗したときのためにと、槍を構えていた。そうして三人並んで部屋を出た。コツコツコツ……という階段を登る音がやけに響いた。前を歩く兵士がモカに聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぽつりとつぶやいた。
「あの王様にたてついたら、どんなやつでもすぐに処刑なんだ……あんたも運が悪かったな……まだ若いのに……」
モカの後ろにいた兵士も、その言葉が聞こえたのか、同じように小声で彼女に話しかけてきた。
「本当は逃してあげたいんだけど……そんなことすると自分が……ごめんなぁ」
モカは無言で顔を横に振った。その気持ちが嬉しかった。しかしもう、ここまで来たらどうすることもできない。彼女の肝は座っていた。そんなときだった。
「ちょっとお待ちなさって」
特別懲罰房を出て階段を上ると、行く手を塞ぐようにして三人の女性が立っていた。上品なドレスを着て、顔を隠すほどの大きな帽子をかぶっている。ちらりと見える顔はばっちりと化粧が決まっていて、真っ赤な唇が映えていた。いかにも貴族と言わんばかりの三人だった。
「な、何者だ?」
先頭にいた兵士が立ち止まる。すると、三人のうち、真ん中の女性が話し始めた。
「私たちは死化粧師」
優雅なポーズをとると、今度は左端の女性が口を開く。
「今日処刑されるその子……女性でしょ? 最後の情けでせめて死ぬ前だけでも化粧をさせてやれって……国王が」
「国王が……? そんなの聞いてないぞ」
「そりゃそうよ、これまで処刑されたのはほとんどが男だったじゃない。女の場合は死化粧をするっていう決まりがあるのよ。……もしかしてあなたたち、この国の刑法を隅から隅まで読み込んでいないわね?」
「あ、いや……」
図星だった兵士二人は、顔を見合わせて苦笑いをした。
「だ、だよな。書いてあったのをうっかり忘れていたよ! で、俺たちが化粧をしてやればいいのか?」
「何ばかなこと言ってるのぉ! そのために私たちがこうしてここにいるんじゃないぃ!」
一番右端の女性がそう言うと、モカを掴んで、廊下にある扉を開ける。
「すぐに終わるから、待っててねぇ」
そう言い残すと、貴族の女性三人とモカは扉の向こうの部屋へ入っていった。そんな女性たちの行動を呆気にとられて見ていた兵士二人は、「へぇ、そんな規則知らんかったなぁ」と一つ息を吐いた。
☆★☆
「あの……死化粧って一体……」
部屋に入った後、モカが貴族の女性に話しかける。すると、
「モカ、詳しい話は後よぉ! まずはここから逃げ出すのぉ!」
貴族の女性三人がバサッとドレスと帽子を脱ぎ捨てる。そこには、スリムゥ、レンダ、リーンの三人の姿があったのだった。
「み、みんな! どうして!?」
「しーっ、静かに! 大きい声出したらバレちゃうでしょ!」レンダがモカの口を抑える。
「ダチのピンチを助けない奴がいるかっつーの!」そう言うスリムゥの顔は、モカに会えた嬉しさと、ボロボロの彼女の姿を見た悲しさとで、目に涙を浮かべて泣きそうだった。
そんなスリムゥを見て、モカも一瞬にして大粒の涙を溢す。
「……ありがとう……みんな、ありがとう……」
「スリムゥ、早く!」
「おう!」
レンダの呼びかけに、一度目頭を押さえてからスリムゥがモカの両腕を縛っている縄に魔法をかける。すると一瞬で縄が凍りつき、パキン! と音を立てて崩れた。
「転移魔法ぉ、発動ぅ!」
間をおかずにリーンが魔法を唱えると、四人の姿が一瞬にして消えた。
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