第56話 キントレーの夜は更けて
その日の夜,王都キントレーの宿。
夕食を摂ろうと食堂に集まったのは,スリムゥとレンダとリーンの三人のみ。食堂には客も多く,わいわいと賑わいを見せている。ウエイターが食事はどうなさいますか,と尋ねるが,あと三人帰ってくるはずだからもう少し待ちます,と注文すらまだしていない状況であった。
「ちょっといくらなんでも遅すぎない?」
「王様と会って話するだけで夜遅くまでかかるもんなのかな?」
「ユーサンも帰ってこないのが気になるよねぇ」
三人はそんな他愛もない会話を繰り返す。
「もしかして,ユーサンがモカをデートに誘ったとか?」
「ないない。ユーサンはああ見えて意外と度胸がないからね。モカに告白なんてできるはず無いわ」
「マチョダさんもいるしねぇ。あの人しっかりしてそうだから,連絡くらいよこしそうなものなのにぃ」
はあ,おなかすいた。ちょうど三人の会話が一段落付いたときだった。
バン! と勢いよく食堂の扉が開いて,血相を変えたユーサンが入ってきた。眉間に皺を寄せて,早足で三人が座っているテーブルに座る。はぁはぁと息を切らすその姿を見ただけで,スリムゥ,レンダ,リーンの三人はただごとでない……何かが起こったのだと悟った。
「ど,どうしたのユーサン?」スリムゥがこわごわと尋ねる。
はぁはぁと呼吸が荒いユーサンは近くにあった水を一気に飲み干した。それで少し落ち着いたのか,彼は神妙な顔つきで,そして他のテーブルの客に聞こえないような声で話し始めた。
「モカが……捕まった」
「はぁ?」
スリムゥの大きな声が食堂中に響き、一瞬部屋がしんとなった。そして食堂にいた客が一斉にスリムゥたちのテーブルに注目した。彼女はごめんなさい! と口を押さえ、小さくなった。
「食事は持ち帰りにしてさ、部屋で話しようか」
リンダとレーンの提案に、スリムゥとユーサンは静かにうなづいた。
☆★☆
「何なのそれ! ありえないんだけど!」
ユーサンから一通りの説明を聞いたスリムゥが、パンを頬張りながら大きな声を出す。
「他の部屋に聞こえるから静かにしなって、スリムゥ」とレンダが諭す。
「これが黙っていられるかってぇの! 捕まった上に処刑だって? 処刑って……つまり死ぬって……ことだろ……そんなの……うわぁぁぁん!」
スリムゥは感情がたかぶって、その場で泣き出してしまった。それをみてレンダもつられて目に涙がたまる。魔法学園で、衝突する時期もあったものの、同級生であり、一緒に卒業した中であり、そして一緒に竜退治をした仲間であり、大切な友達なのだ。処刑されてしまうだなんて、信じられなかった。
ユーサンも泣きじゃくる二人を見て、ぐっと胸にこみ上げるものを感じていた。どうしてこんなことになってしまったのか……。悔しさと怒りで拳をぐっと握りしめた。
そんな中、リーンは一人冷静だった。冷たい性格だとかではなく、どうすればモカとマチョダを救うことができるか考えていたのだった。穏やかな口調の彼女ではあるが、実は三人組の中で一番したたかなのだ。
「ユーサン、そもそも……どこからその情報を手に入れたのぉ?」
は? ああ、そういえば伝えてなかったな……と、ユーサンが口を開いた。
「実は俺の兄貴がお城で兵役についているんだ。そこで今日、実際にモカとマチョダに会って話をしていたらしい。そして、国王にモカとマチョダが面会した後、そのような……処刑されると言う話になったみたいで……俺に連絡がきたというわけだ」
「なるほどぉ、ユーサンのお兄さんがお城の兵士をしているのねぇ……じゃあ侵入するときに手助けしてもらえそうだねぇ」
「え? ……侵入?」ユーサンが復唱する。
「ところで、ユーサンのお兄さんにお願いすれば、お城の地図とか兵士の配置計画だとか、処刑の日の日程とか教えてもらえそう?」リーンが尋ねる。
「ああ、多分大丈夫だと思うが……リーン、何をするつもりだ?」
リーンとユーサンが何やら神妙な話をしていることに気づいた、さっきまで泣きじゃくっていたスリムゥとレンダも、いつの間にか二人の近くにきて聞き耳を立てていた。
「だってぇ……私たちの大事なモカをこのまま処刑させていいわけないじゃない」
うんうん、とスリムゥとレンダがうなづく。ユーサンも確かに……と同じ動きをする。
「だからぁ、処刑の日……当日に私たちがモカを助けに行こうと思うんだけどぉ……スリムゥとレンダはどうするぅ?」
「行く! 行くに決まってる!」スリムゥが即答する。
「私も……行く! モカが死んじゃうなんて嫌だ!」
その返事を聞いて、リーンは力強くうなづいた。そしてユーサンの方を向いた。
「ユーサンはどう? 一緒にモカを助けにいってくれるぅ?」
ユーサンはしばらく返事をしなかった。下を向いて、なにかいろいろと思案しているようだった。そんな様子にちょっとだけスリムゥがイラつく。
「ユーサン、モカのこと好きなんだろ! なんで助けに行くって即答しないんだよ!」
「いや……そうじゃないんだ」
ユーサンがゆっくりと言葉を選びながら話す。
「モカは……お前たち三人が助け出してくれ」
「はぁ? どういうことよ? 自分は安全なところから見てるってわけ?」
「いや……俺は……マチョダを助けに行く。奴にはまだ生きていてもらわないと困るんでな」
「ユーサン……あんた……超いいやつじゃん……!」
女の子三人組は自然とユーサンに拍手をしていた。
「ユーサン、モカからマチョダさんに乗り換えたんだね……」
「
「昨日も部屋で一緒に話していたんだもんね……」
「やめろ!」
「はいはい、スリムゥもレンダもその話おしまいぃ。じゃあ、実際に具体的な作戦を考えていくよぉ」
部屋では四人の、モカとマチョダを救出するための真剣な話し合いが夜遅くまで続いていた。
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