第33話 困ったときの校長先生

「つまり、マチョダは召喚獣ではない。ただの人間ってことだ。魔法を使うことに関してはうまく説明できないが……つまりあなたは、まだ召喚獣と契約していない状態なんだよ」


 ナナはできるだけ感情を込めずに話をする。あくまでも機械的に。事務的に。

 モカ自体が膨大な魔力を持った優秀な魔法使いであることは、一目見ただけですぐにわかっていたからだ。

 

 このレベルの魔力を持つ魔法使いはそうそう現れるものじゃない。普通なら王宮魔術師として引き抜かれてしまうところである。そんな人材が冒険者ギルドに「冒険者になりたい」と申し出てきたのだ。ギルドマスターとして、ぜひとも引き止めておきたいという気持ちがあった。


 だからこそ、ここで潰すわけにはいかない。彼女の心を傷つけずに真実を伝える。そしてもう一度召喚魔法で彼女に合った精霊を呼び出し、契約する。それがモカを冒険者にする一番の近道だと思っていた。


「ナナさん……いえギルドマスターは、私にマチョダさんとは別の召喚獣と契約をしろと……おっしゃっているのですか?」

「物分かりがいいじゃないか。そういうことだ」


「……」


 モカは下を向いて、口を閉ざしてしまった。


――マチョダさんと離れるなんて……できるわけがない。私が召喚魔法でマチョダさんを呼び出してしまった以上、最後まで責任を取らないといけない。

 それにマチョダさんがいなかったら竜の谷に行くこともなかった。マチョダさんがいたから、スリムゥたちとも仲良くなれたんだ。だから、私はマチョダさんと共に生きていくんだ!

 


 そんなことを考えた後、真っ直ぐにナナを見つめた。


「すみません、やっぱり私の召喚獣はマチョダさん以外考えられません。人間だとか、魔力があるとかないとかそういうこと抜きで、私はマチョダさんと一緒に冒険したいのです」

「そうか。意思は堅いようだな」

「はい」


 ナナは、モカの目を見て決心が揺らがないことを悟ると、大きくため息を吐いた。

「それなら……せっかくの逸材だが仕方がない。モカ・フローティン。あなたをがギルドの一員として迎え入れることはできない」


 話は終わりだ、と彼女はそのままモカに背を向けてその場を後にしようとした。


「あ……ちょっとマッ」



 モカが呼び止めようとしたときだった。「お邪魔するぞ!」冒険者ギルドの入り口の扉が開き、一人の男性が入ってきた。他の冒険者たちは特に気にも留めない様子だったが、ナナとモカはその男性の姿に驚きの声を上げた。



「校長先生!?」



 突然現れた魔法学園オリンピアの校長、クランチ先生に二人は目を丸くした。そして同時に二人で顔を見合わせる。


「モカ・フローティン、あなたもクランチ先生を知っているの?」

「はい。知ってるも何も、私ついこの間、オリンピアを卒業したばかりですから」

「あら……は優秀な子ばかりというわけね……」



 クランチ校長はギルドの様子を見ながら、ナナに近づく。ナナは校長に深く礼をした。


「クランチ先生、お久しぶりです。」

「おお、ナナ・スージーも相変わらず元気そうだね」

「はい、おかげさまで。ところでクランチ先生がギルドへいらっしゃるなんて何十年ぶりでしょうか。なにかご用事でも?」


 ナナの問いかけに、クランチ校長はモカを見て言った。


「いや、ね。ここにいるモカ・フローティンを冒険者にするようにお願いに来たところだったんだが……私がくるよりも先に登録を済ませたようだね」


「え……」

 まさかの発言にモカは目を丸くした。

 ――校長先生が、私を冒険者にするためにお願いに来た? どういうこと?


 ナナとモカが言葉を失っていると、校長先生が続ける。


「おそらく君の召喚獣であるマチョダは登録の際に引っかかってしまうだろうと思ってね。ほら、属性筋肉、ランクはMとかわけのわからん存在だ。しかも人間で、魔力もないとか言われて門前払いされるんじゃないかと心配していたんだよ」


 ――まさにその通りなんです、校長先生!

 モカは白目を向きそうになった。


「でも、ナナ・スージーと話をしているんならうまくいったんだろう。よかったよかった! ほっほっほ!」


 ナナにはクランチ校長の発言が、自分に向けたものであることがわかっていた。、さりげなく「モカを冒険者に登録してくれよ」とお願いしているのだ。だが、彼女も冒険者ギルドの長。千人以上の冒険者を束ねる存在として、そう簡単に特例を作るわけにもいかない立場なのだ。


「クランチ校長……実は」ナナが話を切り出そうとすると、

「ナナ・スージー! モカ・フローティンは優秀だぞ! 今年オリンピアを過去最高の成績で卒業した、天才魔法使いだ! これまで誰も破れなかった記録を41年ぶりに塗り替えたのだ!」


 クランチ校長が話を上乗せしてくる。


「すごいだろう? 君の卒業時に『ナナ・スージーを超える天才は現れることはないだろう』と言われていたのに!」


 ナナは疑いの目でモカ・フローティンを見る。すると満更ではないように、へへへとモカは頭を掻いた。どうやら嘘はついていないようだった。それでも――。


「しかもだ、召喚獣のマチョダは模擬戦で物凄い力を発揮したんだ。私の作り出した魔法障壁を破壊するほどだぞ!」


「!?」

 その発言には流石のナナ・スージーも驚いた。


 ――クランチ校長先生の召喚獣はアルマ(属性:陽SSS)だ。そのアルマの作り出した魔法障壁を破壊する……属性:筋肉Mなんて言葉は聞いたことがなかったが……。


 ナナはそんなことを考えて、ふとマチョダを見る。彼はウエイターと話をしていた。どうやら食事を頼もうとしているらしい。


 ――召喚獣がギルドの食堂でメシを食うなんて……聞いたことがない! なんなんだ、あいつは! だが……校長先生が嘘をつくはずもないし、もしかするともしかするのかもしれんな……。


「わかりました、校長先生。ただし……」

 ナナは覚悟を決めた。

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