第59話 王に突き刺さる炎の矢【第5章最終話】

「ここは……」


 モカたちが転移魔法でやってきたのは、竜の谷だった。以前、マチョダがプロテイン不足で寝込んでしまったときに、竜の肉を手に入れるために訪れた場所である。ここにクランチ校長がポータル(転移魔法の目印)を建てたので、一度訪れたことのある彼女たちは一瞬で移動することができたのだ。


「ここなら国王も気付かないっしょ!」レンダが言う。

「作戦大成功だねぇ!」リーンがニコニコ笑顔でモカの両手を握る。

「私たちはずっとマブダチだからな! 忘れんなよ、モカ!」スリムゥがまた泣きそうになりながらモカに抱きつく。


 モカももらい泣きしながら「うん、うん!」とうなづく。それを見て、レンダとリーンも同じようにモカに抱きついた。


「もう少ししたらユーサンとマチョダさんがやってくるはずだから。それまでどこか岩陰とかに身を隠しておいて。ま、王国の兵士はここにくることはないだろうけどさ」

 と言うと、三人はモカから距離を置き、転移魔法を発動させる。


「じゃあな、モカ! 絶対また会おうぜ!」

「みんなで食事行こうねぇ!」

「……ぐすっ……モカ! 元気でな!」


「え、もう行ってしまうの?」とモカの口から出かかったが、彼女はその言葉をぐっとこらえた。

 ――私は処刑から逃げ出した、いわばお尋ね者の身。そんな私を逃したなんてことがばれたら、三人も罪を背負うことになってしまう。だから私と一緒にいるのを誰かに見られる前に姿を消したほうがいい。

 

 モカは唇を噛みしめながら、転移魔法で姿を消した三人に手を振った。



 ☆★☆



「ここは……どこだ?」

 

 ユーサンの転移魔法で移動した先で、マチョダは初めてみる景色に驚いていた。うっそうと茂った森と、いきなり現れる断崖絶壁の谷。この世界にこんな場所があったのか……と驚きながら景色を眺めていた。よくみると谷底には蛇のようなものがウヨウヨしているのも見えた。もしかしてここが……?


「竜の谷。ここでお前のためにモカたちが竜と戦ったんだ」


 ユーサンがポツリとつぶやいた。そして、すぐに転移魔法を唱え始めた。


「このあたりにモカがいるはずだ。早く合流して、国王の目の届かない場所へ逃げろ」


「ユ、ユーサン! モカに会って行かないのか?」

 マチョダがいきなり消え去ろうとするユーサンを呼び止める。


「……そりゃ会いたいさ。だがな……」


 ビシッと人差し指をマチョダに向けて、ユーサンが言った。


「今のところ、お前たちは処刑から逃げ出した犯罪者のようなものだ。俺たちが関わったことがバレるとギルド的にもいろいろとまずい。だから、誰かに気づかれる前に……」


「で、でも!」

「ええい、うるさい! 俺にはんだ! じゃあな、マチョダ!」


 ユーサンは強い口調で別れを告げると、転移魔法で姿を消した。


「ユーサン……お前、ほんといいやつだよ……ツンデレだけど」

 マチョダは空に向かってそう言った。



 ☆★☆



 同じ頃、王都キントレーの処刑場。

 いつまでたっても姿を現さない囚人にイライラしていた国王が声を荒げる。


「なぁにぃ? モカ・フローティンとマチョダが脱走しただと?」

「は……はい。モカ・フローティンは死化粧をするといって姿を消し、マチョダの方に至っては牢をぶち壊してそのまま地面に穴を掘って逃走したとのことです」


 処刑場の一番高い場所で一人、見物をしようと座っていたタメロン三世に、大臣がやってきて報告した。


「なんだ、死化粧とは?」

「兵士たちが言うには『国王がせめて最後くらい化粧をさせてやれ』というものですから、死化粧師にモカ・フローティンを引き渡したらしいです」

「私はそんなこと一言も言ってないぞ!」


 タメロン三世の大声に、大臣がびくっと肩をすぼめながら続ける。


「マチョダが逃走したと思われる穴は、現在兵士たちが中を調査中です。こちらは捕まえるのは時間の問題かと思われます」


「マチョダ……あの化け物か……ってあいつ、特A級魔物専用牢獄に打ち込んだはずじゃないか! あれはどんな攻撃でも壊れないんじゃなかったのか?」

「はい……そのはずだったんですが、あのマッチョは我々の想像を遥かに超えた力を持っていたものと思われます……」


 まずい、まずいぞ! 本当にあの牢を壊して逃げたのだとしたら、あのマチョダとかいうやつはとんでもない化け物じゃないか! もしまた怒ってこの王宮に攻め込んできたとしたら……私は一瞬で殺されてしまうではないか! 早く見つけて全兵力を用いてでも奴を仕留めなければ!


 タメロン三世がぐっと拳に力を込め「モカ・フローティンとマチョダを何としてでも見つけ出して処刑せよ!」と命令を出そうとしたときだった。



 空の向こうから煌々と燃え盛る一本のが飛んできて、タメロン三世の座っていた席――右耳すれすれの場所に突き刺さった。


「ひっ!」


 大臣は国王のことなどほっといて、自分だけしゃがんで身を守ろうとする。タメロン三世は突然の出来事に一言も発することができず、足がガクガクと震えその場から動けなかった。自分の右耳の近くに炎の矢が突き刺さっているのだ。その炎によって髪の毛はチリチリと焦げ、耳も火傷になりそうな勢いだった。


 幸い、第二の矢は飛んでこない。タメロン三世がほっと胸を撫で下ろし、その場から離れようとしたとき、炎の矢からおぞましい声が聞こえてきたのだ。


「これ以上俺たちに手出しをしてみろ……今度はただじゃ済まさないぞ……わかったか」


 彼の脳裏に、怒り狂ったマチョダの姿が浮かんだ。これは間違いなく……あいつからの警告! やばい! 私はとんでもない奴を敵に回したのかもしれない……! タメロン三世は恐怖に震えながら答えた。


「ひいっ! わかった、わかったから! もうお前たちに手出しはしない! 誓う、誓うから許してくれ!」


「その言葉……忘れるなよ」

 は静かにその場から消滅した。

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