第20話 竜の谷への旅路

 救護室の入り口の壁にもたれかかり、モカとマチョダの様子を気にしていたユーサン・ソウンドだったが、廊下の向こうから女子三人組がやってくるのを確認すると一旦反対側の通路に身を隠し、そして再びモカたちの会話を盗み聞きしていたのであった。


 ――なるほど、これからモカ・フローティンは竜の谷に入って竜を倒す予定なのか。そして肉を手に入れる……と。ならばこの俺が先回りして竜を倒しておけば……。


「ほら、お前が欲しがっているのはこれだろう?」

「すごいユーサン、一人で竜を倒すなんて! でもどうして私が竜の肉を探しているのを知っていたの?」

「モカのことならなんでもわかるのさ。それに……悲しんでいるモカの顔を見たくないんだ」

「うれしい……ありがとうユーサン……好き」

「俺もだよ、モカ」


 口から若干のよだれを垂らしながら、ユーサンは一人妄想にふけっていた。ふと、救護室から物音がして、人が出てくる気配を感じると、ユーサンはその場を後にしたのだった。




 翌日。

 魔法学園オリンピアの正門前に、大きな荷物を背負った女子生徒四人がいた。見送りには、クランチ校長一人。卒業式を終えた彼女らは、もう学生ではないし、他の学生たちに「東の竜の谷に行く。しかもその竜を倒し、肉を手に入れる」なんてことが知れたら大騒ぎだからである。


「気をつけていくんだぞ。何かあったらすぐに転移魔法を使ってここに戻ってくること」

 校長の助言に、四人は力強くうなづいた。


「ではいってきます、校長先生!」

 モカたちはそう言うと、正門をくぐり、外の世界へと飛び出していった。彼女らの姿が見えなくなるまで立っていたクランチ校長は、空を見上げてつぶやいた。


「さて……と。私も準備をしなければね」

 校長の目がきらりと光った……ような気がした。




「で、竜の谷ってのは、どんぐらい東にあるのよ!」

「調べてこなかったの、スリムゥ?」

「うっさいリーン! 私はモカに聞いてんの!」


「えっとねぇ、東に歩いて7日ほど……かな。幸い道も整備されているからそんなにキツくないと思うわ」

「はぁ、7日!? そんなに遠いの、竜の谷って!」

「スリムゥは単細胞すぎるんだよ……何事も勢いで行動してるだろ……」


 四人がわちゃわちゃ会話をしながら、街道を歩いている。モカは学園でこういった経験をしたことがなかったため、それがどんな会話であれ、新鮮で楽しかった。


 レンダは、単細胞スリムゥのために魔法を使って空中に地図を映し出した。そこには魔法学園オリンピアを中心とした世界地図が展開された。


「いい? この真ん中にあるのがオリンピア。この大陸の東、ちょうど真ん中らへんに竜の谷があるの。ここまで大体そっからさらに東は人間の住む国があるらしいけど、誰もいったことがないから本当にあるのかどうかはわからないんだって」


「へぇ」スリムゥがわかったようなわからないような返事をする。

「授業で習ったじゃん、聞いてなかったんでしょスリムゥ」リーンがまたツッコむ。

「わ、私は実戦で学んでいく派だからいいんだよ! モカだって知らなかっただろ?」


 突然スリムゥが話題をモカに振る。それがいけなかった。


「レンダのいうとおりで間違い無いわ。竜の谷を越えるのは人間も魔法使いも難しいと言われているもの。ただ、数百年前に一度、勇敢な人間が竜の谷を越えてこちらにやってきて数年間滞在した話が歴史書に記されているわ。そこから、『東の谷の向こうには人間の住む国がある』っていう話が残っているんでしょうね。それでね、面白いのが東よりも北なんだけど……」


 モカは聞かれてもいないのに、リーンが映し出した世界地図を使いながらこの世界についての話を次々と紡ぎ出していく。初めは「へぇ!」と聞いていた三人組だったが、話が終わらないことにだんだんと苛立ってきて、ついにはレンダが「もういいわ、モカ」と世界地図を閉じてしまった。


「あら、ここからが面白い話なのに!」とモカ。


「聞いた私がいけなかったよ。忘れてた、こいつは天才魔法使いだったわ。私たちとは頭の構造が違う」スリムゥが後悔すると、「私は楽しかったけどな」とリーンがモカをフォローする。


「まあ、歩いて7日ってのはわかった。だけどよ、私はそんなに悠長に旅をする気はさらさら無いんだよ! レンダ!」

「はいはい、わかってますって」


 スリムゥがレンダに目配せすると、彼女は自身の召喚獣であるウィンディ(属性:風B)を呼び出した。

 ウィンディは風を司る幻獣で、大きさは人間よりも大きい。穏やかな性格で、攻撃魔法はあまり得意では無いが、防御などの補助魔法を得意とする。緑色をした毛が風になびいて美しく光る。そのウィンディが足を折りたたみ、小さくうずくまった。


「?」


 モカが何事かという顔をしていると、「ほら、乗った乗った!」とスリムゥがあたかも自分の召喚獣かのように、ウィンディによじ登った。モカもリーンに促されてウィンディの背中に乗る。


「よーし、いくぜ竜の谷!」

「なんであんたが仕切ってんのよ!」

 ウィンディは背中に四人を乗せて駆け出した。するとだんだんと空中を駆け上がって、空を飛んだ。


「すごい!」


 思わずモカが声を出す。彼女の本心から出た言葉に、レンダが真っ直ぐ前を向きながら口角が上がる。


「この子は、攻撃はあんまり得意じゃ無いけどさ、こういった移動とか防御とか、補助系が抜群に優れているんだよね」


 レンダがそう言うと、ウィンディも嬉しそうに大きく口を開けて返事をする。


「このまま竜の谷まで頼むよ」とレンダがウィンディの頭を撫でる。

「レンダの魔力次第だけど、休憩をはさみながらでも2日あれば竜の谷に着くはずだ」

 スリムゥが遥か遠くの山々を見ながら言った。

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