第19話 失われし肉を求めて

 魔法学園オリンピアの救護室。

 ベッドに横たわっているのは、天才魔法使いモカ・フローティンによって召喚された一人の人間。本名は町田元気まちだげんき、46歳。マッチョ。この世界では「まちだ」の発音が難しいようで、みんなから「マチョダ」と呼ばれている。

 魔法学園に通う生徒たちの卒業前に行われる模擬戦。その決勝戦にて死闘を繰り広げたマチョダは、最後の最後で倒れてしまったのである。


「栄養不足?」

 モカ・フローティンがクランチ校長先生の言葉を復唱する。

「そうだ。我々と人間とは、姿形こそ似ておれど、必要とする栄養素がだいぶ違うんだ。特に……マチョダのようなマッチョはタンパク質プロテインを相当摂取しなければならない」

タンパク質プロテイン……ですか」


 モカは、マチョダがこちらの世界に来てからの食生活を思い返していた。――確かに、私たち魔法使いの食事は木の実、果物、野菜がメイン。肉を食べるという習慣はほとんどない。マチョダさんが言っていた「肉が食べたい」というのはそういうことだったのね。


「魔力の使いすぎで体力が消耗しているとかではないんですか?」

「いや、全く(だって魔力0だからね)」

 クランチ校長は首を横に振る。


「このまま回復魔法を使えば、元気になるとか……?」

「彼の場合は魔法よりも……肉だろうなぁ。それも上質な」

 そう言ってクランチ校長はマチョダの盛り上がった大胸筋を触る。確かに、先日召喚された時よりも若干筋肉に張りがない感じがする。これは相当な状態だ――彼はそう判断した。


「校長先生、私、マチョダさんのために肉を手に入れてきます」

 モカは力強い目で、クランチ校長先生を見つめて言った。


「肉か……。この学園では扱っておらんし、近隣で手に入るような街もないぞ。あるとすれば西の港町ヴェンチ・プレイスで、海外との交易品を扱う店……いや、かなり遠いし、値段も相当だろうからなぁ」


 校長もなんとか肉を得ることができないか頭を悩ませる。モカ自身も肉を手に入れた経験がないため、どうしたものか見当もつかなかった。

「東の谷に竜が住んでいて、その竜を倒せば肉を手に入れることも……いやいや、あまりにも危険すぎるな」


 その一言に、モカが食いついた。

「それです、校長先生! 私、東の竜の谷に行って、ちょっと竜からお肉を拝借してきます!」

「待て待て、そんな簡単に竜は倒せるものでもないし、道中も危険が伴うぞ。ランクSの冒険者ですら、ためらうような場所だ」

「でも、早くお肉を手に入れないとマチョダさんが……」


 モカの表情が若干焦りに変わる。しかし、マチョダを助けたいという思いは変わらず、真っ直ぐにクランチ校長を見る。そのときだった。



「ちょっと待ちなさいよ、モカ・フローティン! あんた、自分の召喚獣もいないというのに竜の谷に行くっていうわけ? バッカじゃないの! 自ら死にに行くようなものだわ!」



 救護室に、血相を変えてスリムゥ・ディエットが駆け込んできた。彼女の後ろには控えめに立っているレンダ・トレニー、そしてリーン・ビルダの姿もあった。


「スリムゥ?」


 驚くモカに対して、目が釣り上がったままのスリムゥが近寄り、モカの胸を小突く。


「だいたいあんたはいっつもそう! 何でも一人でできるもんだから、みんなから距離を置かれていくのよ! 竜の強さをわかってんの?」

「心配しなくても大丈夫よ、スリムゥ。今から校長先生にお願いして、授業用の召喚獣を一体借りて行こうと思っていたところだから」


 モカはそう言うと、校長先生の方に向き直り「というわけで、召喚獣をお借りしてもよろしいですか?」と声をかけた。


「違うでしょ、モカ・フローティン!」


 そこにスリムゥが割って入る。モカの肩を掴み、再度自分の方に顔を向けさせる。はぁはぁ、と息を荒げて怒っているスリムゥと、どうしてそんなに怒っているのかわからないモカ。「はぁ、面倒臭い二人だこと」と、スリムゥの後ろにいたレンダが口を挟んだ。


「モカ、スリムゥはね、竜を倒す手伝いがしたいんだってさ。一緒に連れて行けって言ってんの」

「そうそう、スリムゥは自分の気持ちを正直に言うのがヘタクソだから」と、リーンも続く。


「え、そうなの?」モカがスリムゥに尋ねる。するとスリムゥは顔を赤くして、今度は恥ずかしそうにして一旦唾をゴクリと飲み込んでから、雪崩のように言葉を発した。


「ちょっ……ちが……あー、もう! レンダとリーン、あとで覚えてなさいよ……。ええ、そうよ! あんたが一人で竜の谷で死んだんじゃ、私はあんたにリベンジできないでしょうが! だから私たちもついていってあげるって言ってんの!」


 頭をかきながら恥ずかしがるスリムゥを見て「素直じゃないなぁ」「ま、ツンデレよね」と後ろの二人がちゃちゃを入れる。


「ちょっと黙んなさいよ、二人とも!」


 三人組がわーきゃー言い合っている姿を見て、モカは嬉しくなった。スリムゥの言う通り、一人でなんでも魔法を使いこなしてきたモカ・フローティンは学園の中でも孤高の存在。誰かとつるむなんてことはほとんどなかったし、むしろその必要すらなかったのだ。今回の竜の肉を手に入れる旅も、当然一人で行うものだと思っていた。しかし、スリムゥ、レンダ、リーンの三人が協力してくれるという申し出がとても嬉しかったのだった。


「……りがと」

 ぼそっと、聞こえるか聞こえないかぐらいの声でモカはつぶやいた。


「あぁん? なんですって、モカ・フローティン?」スリムゥが聞き返すと、モカは少し照れながら、笑顔で三人に向かって言った。


「ありがとう、スリムゥ、レンダ、リーン!」


 あの孤高の天才魔法使い、モカ・フローティンが自分たちに笑顔で「ありがとう」と言ってくれたことに対して、「お……おうょ」三人もまた照れてしまった。

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