第21話 天才と単細胞
ユーサン・ソウンドはモカたちが出発する一日前……つまり、救護室で竜の谷を目指すという話を聞いてからすぐに、オリンピアを後にした。
彼は卒業式後に行われた模擬戦でモカに勝利し、王宮魔術師としてのスカウトを受けていた。しかしそれを彼は断り、冒険者として生きていくことを選んだのだった。理由はもちろん「モカ・フローティンと一緒に冒険したいから」である。モカに次ぐ優秀な成績を収め、魔力量も十分な彼だったが、口下手で素直になれないところはスリムゥと似たところがある。
モカたちよりも早く竜の谷に到着して、竜を倒さなければいけない。そのためにユーサンはオリンピアに一番近い街であるダンヴェルの運送会社に頼んで、竜の谷まで移動したのだった。もちろんイフリートを召喚し、魔力を使って移動するという方法もあったのだが、竜との戦いのために魔力を温存しておきたかった彼は、時間をお金で買ったのだ。
当然のことだが、ダンヴェルの運送会社の職員も魔法使い。主に風の精霊と契約した者がつくことが多い職種である。その中でも一番ランクの高い精霊を選択したユーサンはわずか一日で竜の谷までやってきたのだった。
「さてと。ここが竜の谷か。別に普通の森と変わらねぇじゃねぇの」
ユーサンにとっても初めて訪れる竜の谷。運送会社の職員が「ここまでが限界だ」というところまで運んでもらったのだが、彼が言う通り、何の変哲もないただの森だった。そこからユーサンはしばらく東に向かって歩いた。万が一に備えてイフリートをいつでも召喚できるように準備をしながら。召喚獣は召喚している間、魔力を消費していく。モカ・フローティンとは違い、常に召喚しっぱなしというわけにはいかないのだ。
歩いていると、やがて森の終わりが訪れた。そこでユーサンはとんでもないものを目にしたのである。
「なん……じゃこりゃ」
魔法学校の授業で聞いたことはあったが、これほどまでに壮大で険しいものだとは思っていなかった。森を抜けたと思ったら、そこから先は断崖絶壁だった。まるで森に大きな隕石が落ちて穴が開いたのではないか、と思うような光景がそこには広がっていた。
崖の向こう側は目視できた。反対側も同じように、ほぼ垂直に地面が抉り取られている。当然だが橋などもかかっていないので、もし向こうに行きたいのならば飛んでいくしか方法はなさそうだった。
「しかし、長い歴史の中で飛んで行った者はいない……と」
ユーサンが崖下を覗くと、そこには黒くて長い影がウヨウヨとうごめいていた。――あれが竜に違いない。そして恐らく、空を飛んで谷を越えようとする生物は竜どもにやられてしまうのだろう。
「すまんが、俺の恋の成就のため、だまって肉になってくれ」
ユーサンはイフリートを召喚した。そして目を閉じて集中し、魔力をイフリートに注ぎ込む。
「くらえ! ファイアトルネード!」
イフリートから放たれた炎の竜巻が、崖下の竜に向かって勢いよく唸りを上げていった。
◇◆◇
「あのさ、私気づいたんだけど」
一方こちらはモカたち女子四人組。レンダの魔力消費を考えて、夜は安全な場所を見つけてキャンプを行っている。明日には竜の谷に到着するだろう、そんなときにスリムゥがある提案をしたのだった。
「転移魔法で行けば一瞬だったんじゃない?」
「だってそれは……」モカが何か言おうとするのを制して、レンダが言う。
「あんたねぇ、本当に授業聞いてた? よくもまあ卒業できたもんだわ。転移魔法は一度行ったことのある場所、しかもポータルを登録しないと無理なの。帰りはそれでいいけど、行きは無理」
あ、そうだった。とスリムゥは口を閉ざした。
モカも同じことを言おうとしたのだが、きっと自分が言うと角が立つから、レンダが代わりに言ってくれたんだろうなと彼女のちょっとした気遣いに感謝した。そういった細かい気配りというのはやはり誰かと一緒でなければ学べないものである。これまで何でも一人でそつなくこなしてきた彼女にとって、気配りというのは魔法以外の新しい学びでもあった。
「さあ、いよいよ明日は竜の谷に着くよ。モカ隊長、竜を倒す作戦をみんなで共有しておこうよ」今度はリーンがモカに話しかけた。
「私のシルフは攻撃が苦手だから、全力でみんなをサポートする役に回るからね」
モカが言う。
「えっと、作戦とかはあまり考えてなくて、魔法をえい! ってやれば終わりかなって」
それにスリムゥも同意する。
「そうそう! 私のフロスティで、ドカーン! でおしまい!」
レンダとリーンは呆れた顔で二人を見る。そして、「はー、これだから天才と単細胞は……」と頭を抱えた。
「いい、モカ。これまではあなたの魔力で何でも簡単にできたんでしょうけど、相手はあの竜よ。竜についてはあなたも勉強しているでしょう?」
リーンの問いに、モカが当たり前のように答える。
「ええ、もちろん。竜の谷に生息する竜は、その谷を越えようとする者全てを容赦なく地の底へと引きずり込む。その力はゴーレムの数十倍とも言われ、そして口から炎を吐き全てを燃やし尽くす、と習ったわ」
「すげ、丸暗記じゃん」スリムゥが感心する。
「確かに、あなたの召喚獣マチョダなら、えい! で終わりでしょうね。この間の模擬戦を見ていてもすごかったから」
「スリムゥを瞬殺だったからな」
「うるさい!」
ぎゃあぎゃあ言い合うレンダとスリムゥをよそに、リーンが続ける。
「でも、モカの今の召喚獣は学校から借りたゴーレム(属性:土B)よ。どうやって戦うつもり?」
「それは……ゴーレムの使える魔法はアースシェイクとアースロックだから……」
「竜は空を飛んでいるわよ。アースシェイクじゃ通用しないわ」
「あ、そうか。じゃあ、ゴーレムの土属性魔法とフロスティの水属性魔法をうまく掛け合わせて……」
稀代の天才魔法使いは、初めての竜との戦いを甘く見ていたのかもしれない。いや、マチョダを救うことしか考えておらず、竜との対策が頭から抜けていたのだろう。リーンの冷静な物言いに、モカも思わず考え込んでしまう。
(ここで怒り出さずにちゃんと考えて答えを出そうとするのが、さすが天才モカなのよねぇ。それに比べてスリムゥは……)
リーンはそんなことを思いながら、これまで魔法についてちゃんと話をすることのなかったモカとの会話を楽しんでいた。モカもまた、このように属性と魔法、戦う相手との相性などについて友達と深い会話ができることを喜んだ。
「私にね、一つ提案があるんだけど……」
モカとリーンの竜を倒すための作戦会議は夜遅くまで続いた。
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