第31話 ギルドマスター・ナナ

 モカと冒険者の間にギルドマスターが割って入った。

 パッと見たところ、魔法使いのおばあさんといった風貌だった。

 

 つばの広い三角帽子(魔女帽子といったほうがわかりやすいだろうか)からぼさぼさに乱れた黒髪。そして帽子と同じ真っ黒いローブ。

 顔にはこれまでの経験が刻まれた皺がたくさんある。しかし、目の奥は鋭く、生命力に溢れていた。


「ギ、ギルドマスターがどうしてここに!」


 野次馬の冒険者たちはさっとモカたちから離れる。まるで関係ありませんよ、見ていただけですよと言わんばかりに。そんな中、ギルドマスターと呼ばれた女性(おばあさんと言っては失礼だろう)は、鋭い目線で睨みつけたまま、フェンリルを召喚した冒険者の元へ歩みを進めた。冒険者はフェンリルとともに足を震わせて動くことができなかった。まるで蛇に睨まれたカエルのようだった。


 目の前までやってきたギルドマスターは、男の胸ぐらをぐいと掴むと、首にかかっていたブロンズのタグを確認する。


「ヒョ・ロガリー。C級冒険者ね……なるほど、こんな小娘の挑発に簡単に乗ってしまうわけだ。そして相手の実力も測れないときた」


 ギルドマスターは冒険者のタグをぎゅっと握り締め、何やら魔法を呟く。魔法の詠唱が終わり彼女が握っていた手を広げると、ブロンズだったタグが木のタグに変わってしまっていた。


「ヒョ。お前はもう一度E級冒険者からやり直せ。冒険者にもなっていない一般人に手を出すなんて、どんな理由があろうと許されん」


 ポンと男の肩を叩いて、ギルドマスターは背中を向けた。そのときだった。


「ちくしょおおお! 元はと言えば、こいつが、こいつが悪いんだろうが!」ヒョ・ロガリーはモカを指差しながら、しかし怒りの矛先はギルドマスターに向かっているようだ。


「何がE級からやり直せだ! バアさんのくせに調子に乗るんじゃねぇ! 今すぐあんたを倒して俺がギルドマスターになってやる!」


 召喚したままのフェンリルに命令し、ヒョはギルドマスターに向かって渾身の炎の魔法を繰り出した。



「はぁ? 誰がバアさんだって?」



 ヒョはその一言でビクン! と体が硬直してしまった。ギルドマスターに向かって放たれた魔法は直撃する前に自然に消滅した。そして、次の瞬間にはギルドマスターがヒョの頭を床に叩きつける。木の床は派手に音を立てて壊れ、ヒョは気を失い、同時にフェンリルも姿を消した。


「つ、強え! さすがバア……ギルドマスターだ!」


 相手がC級冒険者のヒョ・ロガリーだったとはいえ、炎の魔法を消滅させ、圧倒的な力でねじ伏せた姿を見て、周囲の観衆は「どんなことがあっても、バア……ギルドマスターに逆らってはいけないな」と改めて思ったのだった。


 そんな中、冷静に状況を分析していたのは天才魔法使い、モカ・フローティンだった。

 ――召喚獣無しに魔法を使うことはできない。相手の魔法を無効化するなんて生身の体でできるわけないから、きっと魔法を使ったんだろう。おそらく陰属性。しかし、召喚獣の姿が見えない。ギルドマスターの召喚獣は一体何なのだろう。


 そんなことを考えながら、モカはギルドマスターの女性をじっと見つめる。その視線に気づいたのか、ギルドマスターはふっと笑って言った。


「ほらほら、あんたたちこのE級冒険者ヒョ・ロガリーを連れてとっとと出ていきな! 今から私はこの子と話をするんだからさ!」


 彼女がしっしっ! と手で「あっちへ行け!」というポーズをとると、野次馬だった冒険者たちは逃げるようにその場を後にしたのだった。もちろん気絶したヒョ・ロガリーも連れて。



 しばらくすると冒険者ギルド内が落ち着きを取り戻す。

 そこでギルドマスターはモカに向き直り、話しかけた。


「ようこそ、ローインの冒険者ギルドへ。改めて、私はここのギルドマスターのナナ・スージーだ。よろしくね」

「モカ・フローティンです。こちらこそよろしくお願いいたします。そして、隣にいるのが召喚獣のマチョダさんです」


 モカがマチョダを紹介すると、マチョダが一歩前に出て軽く頭を下げた。そして筋肉をピクッと震わせて、白い歯を見せて笑顔を見せた。


「どうも、マチョダです」

「……お、おお。よろしく」


 ギルドマスターのナナは、まさか自分が召喚獣に挨拶されるなんて思ってもいなかったらしく、ちょっと驚きながら返事をした。


「ところでモカ・フローティン。冒険者でもないあなたがどうしてここであんなやつと揉めていたんだい?」

「それは……」


 モカはナナに事の顛末を話し始めた。



「――というわけなんです」



「ほう。冒険者に登録することができず、野次馬たちに自身の召喚獣を馬鹿にされてついあおってしまったと」

「……はい。すみませんでした」


 モカはそう言って頭を下げた。それをナナは気にも留めずに話を続ける。


「まぁいい。今回に関しては相手にも問題があるからね。ところで……」

 ナナはマチョダを指差して言った。

「この召喚獣を一旦しまってくれないかね? 見たところ、あなたはここに入ってからずっと召喚獣を出しっぱなしだ。魔力の消費も結構あるだろう?」


「あ……いえ、マチョダさんは召喚し続けても私の魔力は無くならないので大丈夫です」


 モカがそう答えると、ナナは首を横に振った。


「……じゃあ魔力消費を抑えるためでなくていい。とにかくそのマチョダという召喚獣をしまってくれないかい?」

「……? わかりました」


 どういう意図があるのか理解できないまま、モカはマチョダに声をかけた。


「マチョダさん、しばらく席を外してもらってもいいですか?」

「お、おう。わかった」


 そんなマチョダの行動を、ナナは注意深く観察していた。

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