第11話 お肉
ご飯を心待ちにしている自分がいる。やはり空腹には勝てませんな。
「何か食いたい物はあるか?」
キターーー!
聞かれたいし、多分聞いてくれるだろうなと思っていた言葉だ!
「何が良いか迷いますね!」
「何でも構わない。肉でも魚でも好きなものにしろ」
忍さん太っ腹! ……なんかこれ、完全に餌付けされてるようだね。まぁ全く気にしないけど!
「じゃ、じゃあ普通の定食屋が良いです! 色んな食べ物が揃ってそうなので!」
「そうか」
私と忍さんは適度に賑わっている定食屋に入った。
道中、長い行列が出来ている定食屋もあったけど忍さん的にはお気に召さなかったようだ。多分、人が多いのが引っ掛かったのかな?
お品書きという名の魔法のような短編集が私の目の前に現れた!
文字だけでもう美味しい! 食べたことないのが多いけど。そもそも何なのかすら分からない品も多数ある。つまり、全く決められない!
「忍さんは何を食べますか?」
「なんでもいい。お前と同じもので良い」
えー。どうしよう……。忍さんは食事に興味ないようだ。
気になるの全部頼んでみる?? さすがに無謀か。
何とかして忍さんに選んでもらう方法はないだろうか? ちょっと賭けに出てみる。
「なんでもいいなら、一番高いのでも良いですか!?」
これでどうだ!! さすがに反応しそうじゃないか? 食事に興味なさそうな人が高いものをわざわざ頼まないだろうし!
「構わない」
忍さんはすぐに店員さんを呼んで注文した。
『牛肉の石焼き定食』
牛肉はまさしく高級品だ。そもそも食べたことがない。ていうか庶民向けっぽい店で値段の桁が二つずれているし、そもそも売る気があるのかすら疑わしい。誰が頼むの、これ? 実は遊び半分で載せているだけだったりして。
実際、注文を聞いた店員さんの目が一瞬ギョッとしたのを私は見逃さなかった。
そそくさと店の奥にいった店員さんが裏口からどこかへ一目散に走っていく姿まで見えた。とりあえず気にしないでおこう。
そんなことより、これだとまるで人のお金で高いものを食べる図々しい奴みたいになってしまった。そんなつもりではなかったのに、……多分。
牛肉という未知の食べ物への期待と図々しさの罪悪感で何ともモヤモヤした気分だ。
ご飯が出てくるまで話題を探す気分にもならず黙っていたところ、意外なことに忍さんから話しかけてきた。
「マキは農民だが文字がきちんと読めるんだな」
確かに農民は読み書きを習う場がない。当然の疑問だ。
「お母さんから言われてたんです。読み書きが出来ないと損するからって」
「確かにそうだな。恐らく農民の多くは読み書き出来ないことから不利な取引をさせられているだろう」
「お母さんが元気だった頃は、捨ててある本を拾ってきては私に読ませてました。おかげで色んな言葉を覚えました!」
「なるほど。聡明な母だ」
そう。お母さんは結構物知りだった。貧乏農家のはずなのにどこか気品があって素敵なお母さんだった。
懐かしさに少しむず痒いような気分で店の外を眺めていたら、さっき出ていった店員が何やら赤い塊を持って店の裏口へ入っていくのが見えた。
ハッ! そういうことね。確信した。あれはきっと牛肉だ!
見たことないけど絶対そうだ。絶対的にお肉っぽかった!
どこかのお肉屋さんから買い付けてきたんだろうか? なんだかそこまでさせて申し訳ないような気持ちがしてきた。
出来上がりまではまだかかるだろうし、せっかくだから少しぐらい忍さんのことを知りたい。
「忍さんはいつから忍やってるんですか?」
「結構前から」
ん? なんかはぐらかされてる?
「……ん~と、読み書きは誰から教わったんです? 家族とかですか?」
「忍の教育機関で習った。識字などが出来ないと得られる情報に差が出る。情報は生死に影響するほど重要だ。出来て損はないだろう」
「そっか~。やっぱり読み書きは大事ですよね。ホントにお母さんには感謝です!」
会話が弾んでる気がする! なんだか楽しくなってきた! もっと話したいなと思っていたところで、ジュージューと弾けるような音が響いてきた。同時に香ばしい匂いが広がってくる。
「すっすごい!!」
私の目はキラキラしているに違いない。それ以上に石板の上で茶色に染まったお肉がキラキラと輝いていた。
こ、これは想像以上だ! ホントにこれはお肉なのか? こんなに輝くとは知らなかった。こんなの食べて良いのだろうか?
というか…………これ、どうやって食べるんだ!?
箸がどこにも見当たらない。素手では無理だし。
なんか小さい包丁みたいなのと、小さい銀色の
なんかご飯も普通のお碗じゃなくて平たい皿に盛られてるけど。
お肉は早く食べてと言わんばかりに音で私に訴えてくるのに。一体どうすれば!?
箸を求めて店員さんに声をかけようか悩んでいたら、不審に思ったのか忍さんが私を見た。
「食べないのか?」
「え、え~っと……」
忍さんの動きを観察して、なんとか知ってるかのように振る舞いたい。
「えっと、なんか食べるのもったいないな~って、ちょっと眺めちゃいました」
……なんて。何言ってるんだ私……
「そうか」
忍さんは特に気にすることなく、包丁みたいなのと銀の鍬をそれぞれ手に持った。
これは真似せねば!!
忍さんの持ち方を瞬時に真似してみた。悪くないんじゃないか!?
「マキは左利きだったか?」
「へっ!? 右利きですよ?」
「マキが今左右に持ったものはそれぞれ反対に持った方が一般的だな。別に支障がなければどうでも良い話だが」
「……」
石板からの熱気とは関係なく顔が熱くなったのが分かった。
見慣れない物に動揺して私と忍さんの手の位置が逆になっていることが抜けていた。知らないのに強がるのはよくないね……
よし、切り替えよう! 左右を持ちかえていざ牛肉!
忍さんが食べ出したことで動かし方も分かった。もう大丈夫だ!
「いただきます!」
銀の鍬をお肉に差し、包丁みたいなもので慎重にお肉に切り込む。
力のいる作業かと思いきや、すーっと滑るようにお肉が切れた。す、すごい! これはホントにお肉なのか!? 垂れ流しかってくらい脂が流れ続けているけど。
初めての牛肉に圧倒されながら恐る恐る口元へ運び、目を閉じて放り込んだ。
なっ!? なんだこれは!?
うっ、うまぁぁぁい!!!
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