第29話 作戦開始

「忍さん。今のうちに聞いておきたいことがあるんですけどいいですか?」


 林の中を進みながら赤髪の忍にマキは問う。


「敵前まで来てからでは話す時間がないからな。なんだ?」

「さっきミズキさんに言っていた、『道場を続けられなくなる』っていうのはどういう意味ですか?」


 普段は問いに対し即答する赤髪の忍だが、回答までに少しだけ間を作った。


「言葉通りの意味だ。あの女、逢芭あいば アヤメから剣を奪うということだ」

「つまりそれは剣を辞めさせるってことですよね?」

「そうだ」

「なんでそんなことをする必要があるんです?」

「二度と剣を持てなくさせるぐらいでなければ止められないだろうからな。それに」

「それに?」

「あの女はそもそも剣に向いていない」

「えっ? でも才能あるって言っていたじゃないですか」

「才能と適性は全く異なる。才能だけで人は斬れない」

「いやまぁ、確かにそれはそうでしょうけど……」

「あの女に適性はない。適性のない者がどれだけ続けようが自身を苦しめるだけだろう。即答したところを見るに、依頼人の女もそう思っていたんじゃないか」

「う~ん。だとしても適正があるかなんてどうして分かるんですか?」

「あの女に剣を教えたのが俺だからだ」

「えぇ!?」


 衝撃の事実だ。忍さんはアヤメさんに会ったことがあると言っていたけど、まさかのそういうことだったとは!


「俺は昔、本人の意思に関係なくあの女の才能だけを見て剣を教えた。適性がないことぐらいすぐ分かったにも関わらずな。俺が教えてさえいなければこんな状況にならなかったかもしれない」

「それは分からないと思いますけど……」

「あの女の才能だけを見れば、山賊の脅威など軽々押しのけられるはずだ。適性がないにもかかわらず下手に力があるからこそ利用される結果となった。今後もまた似たようなことが生じる可能性は十分にあるだろう。適性もないのに無駄に続ける理由はないはずだ。無理矢理剣を教えた以上、奪うのも俺の役目だ」


 マキは赤髪の忍から普段とは異なる気迫を感じた。同時に腑に落ちない気持ちになる。


 忍さん、気持ちが先走っていないだろうか……。アヤメさんの気持ちを置いてきぼりにしてしまっているような。


「忍さん」

「なんだ?」

「どうするべきか、何が正しいかはアヤメさんが決めることですよね?」

「……、あぁそうだな」

「分かってくださっていればいいです!」


 マキは柔らかな笑みを浮かべた。


 なんだ。忍さんにだってちゃんと人間らしい感情があるじゃないか。なんだか嬉しい。……まぁその感情がもうちょっと私にも向くと良いんだけど……。ほんと稽古中とか人間じゃないもんね。あれは悪魔だよ悪魔!


「おい」

「ひゃっ!? ごめんなさい!!」

「なぜ謝る?」

「あっ……。いえ」


 てっきり心の声が漏れたかと思って反射的に謝ってしまったわ。


「聞いていなかったのならもう一度言う。現場に着いたらマキには人質救出に向かってもらう」

「あははー…………はぁっ!?」

「なんだ」

「なんだ、じゃないですよ!! 私が人質の救出を!?」

「あぁ」

「いや……だから、あぁ、じゃないですって!」

「何が問題なんだ?」

「私が山賊の相手をするってことになるじゃないですか!」

「ん? 本当に聞いていなかったのか。現場には逢芭 アヤメが門番でいるだろうから、そっちは俺が対峙する。マキは山賊達の目を盗み、人質の救出に行けと言ったんだ」

「あぁ、なるほどなるほど! 直接私が山賊と戦う訳じゃないんですね! もうびっくりしましたよ~。それなら私でも…………って、いやいや! それでも十分責任重大ですね」

「ならマキがあの女と戦うか?」

「……それはムリですね」


 アヤメさんと戦って勝てる訳がない。でも忍さんみたいにボコボコにしてくることはないだろうからできればそっちの方が良い気もするけど、私が戦ったところで山賊の目は盗めないだろうしね。


 マキは諦めて覚悟を決めた。


「分かりました! なんとしても人質を救出してみせます」

「山賊に見つかった場合は速やかに離脱しろ」

「いや、簡単に言いますけど私じゃ流石に逃げ切れないと思うんですけど」

「そうか? 今だってマキは俺とそこそこの速さで移動しながら話しているが息を切らしていない」

「え?」


 マキはすぐにピンとこなかった。彼女は早歩きの赤髪の忍に歩調を合わせながらずっと喋っていた。


 あれ? 私ってこんなに体力あったっけ? 忍さんにしごかれているうちに私は成長したのね……


 感慨深くなったマキの目頭が熱くなる。


「まあ体力があったところで、捕まる時は捕まるがな」

「えぇ……」


 マキの目頭に溜まりかけていた滴はすぐに引っ込んだ。


「山賊の注目を集める隙は何とか作れるかもしれない。とにかくマキは見つからないことを最優先にしろ。途中で見つかった場合、救出は困難になる」

「もうそれ以上言わないでください……。緊張で倒れそうです」

「緊張は必要なものだ。きちんと保っておけ」

「保つと言っても限度があ――

「静かにしろ。もうすぐ着く」


 緊張されられたり急に黙らされたり忙しいな。


「あの先に山賊達の巣がある。見えるか?」

「えーっとぉ」


 マキはよーく目を凝らす。少し先には岩場が広がっており洞窟が見える。洞窟の前にポツンと人影があった。


「はっきりとは分かりませんがあそこに見える人がアヤメさんということですね」

「そうだ。依頼人の女が言っていた場所から変わっている。おそらく別の山賊の襲来に備えて潜んでいるのだろう」

「相当アヤメさんの実力を買っているんですね」

「用心棒としては申し分ないだろうからな」

「拐われた人は洞窟の中ですかね?」

「だろうな。出てくる所を狙うしかない」

「うわぁぁぁ緊張するぅ……! 心臓バクバクしてきました」

「心音で気付かれるなよ?」

「いやさすがにそんなに大きくありませんよ!」

「そうか。ではここから二手に分かれるぞ」

「……は、はい」


 マキは隠れられる木々がなるべく多い右から、赤髪の忍は真っ直ぐアヤメの元へ向かっていく。


 と、とにかくゆっくりでいいから隠れながら行こう!


 マキは赤髪の忍を視認できる範囲で木の影を利用しながらゆっくり進む。赤髪の忍はある程度アヤメに近付くと、木の影に隠れたまま刀を抜いた。

 アヤメはどこか覇気のない顔をしながらも周囲に目を配り続けていた。


「う!? な、なに!?」


 アヤメは何かの異変に気付き、山賊から渡されていた刀を素早く構える。

 構えてすぐ、林の方からアヤメに向かって刃の形をした風の塊が高速で飛来した。


「はあぁっ!!」


 アヤメは刀を斜めに振り下ろした。飛来した風の塊は形を保てなくなり、アヤメの髪をなびかせ通り抜けた。


「誰!?」


 アヤメの声に呼応するように赤髪の忍はゆっくりと林から姿を現した。

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