第30話 護身剣術

「あなた誰? 一体、何者ですか?」


 ゆっくりと近付いてくる赤髪の忍に対し、アヤメは怪訝な顔をし正面に刀を構えたまま問う。


「俺は依頼されてここに来た」

「さっきの不自然な風は?」

「俺が発したものだ」

「あんなのは初めて見ました。あなたが何者でさっきの風が何だったのか分からないことだらけですが、どうやらあなたは侮れないということだけは分かりました」

「その割にはあっさり対処されたようだが」

「命まで取るつもりはありません。ですが痛い目に遭いたくなければ直ちにこの場から去りなさい!」

「それはなんとも甘い話だ」

「なにが?」

「俺がお前の立場だったら確実に殺しておく。生かしておく理由がないからな。全くもって甘いことだ」

「黙りなさい!」


 アヤメは赤髪の忍を睨み付け、奥歯を強く噛み締めた。



――迂回しながら進んでいたマキは二人の会話が聞こえるところまで来ていた。


 忍さんって戦う時はこんなにペラペラ喋るんだぁ~……って感心してる場合じゃない! ここからは特に気をつけて進まねば。


「もう一度だけ言います。今すぐ去りなさい!」

「俺を殺す気がないのであれば去る必要もないだろう」

「では仕方がありません。殺しはしませんがあなたが諦めるまで、束の間ですがお相手します」

「自惚れるなよ」


 言葉と同時に赤髪の忍は走り出す。

 上に飛び上がりそのまま刀を振り下ろす。アヤメは刀を横に構えて彼の刀を受け止める。


 マキの目には赤髪の忍の動きが不自然に見えた。


 動きが分かりやすすぎる! 体がガラ空きだ。あんなの斬ってくださいと言っているようなものじゃないか。忍さんは一体何を考えているんだ! 私との稽古の時みたいにわざと隙を作って誘いをかけているのか? それともアヤメさんへの思い入れか何かで力を出せないとか!?


「なぜ反撃しない? いくらでも斬れる隙はあっただろう?」

「必要ありません。私はあなたが諦めるまでただあなたの剣を防ぐだけです」


 赤髪の忍は一旦間合いを取るように後ろへ下がる。


「私はあなた以外にも何人か相手をしましたが、剣を全て防いだらちゃんと諦めて帰ってくれましたよ?」

「残念ながら俺は死なない限り攻撃は止めはしない」

「だとしたら悪いですけど、ちょっとだけ痛い目を見てもらいます」


 そう言うとアヤメは刀の峰を赤髪の忍に向けた。


「峰打ちなので死にはしないと思いますけどそれなりには痛いですよ?」

「殺す気がない刀など峰だろうがさほど関係ない。舐めるなよ」

「くっ!!」


 今度はアヤメの方から斬りかかる。赤髪の忍は迫り合いには持ち込まず、彼女の刀を淡々と避け続ける。


 マキはアヤメの動きにも違和感を覚えた。


 アヤメさんの動きも悪い。昨日見た時は斬るところなんて全く見えなかったのに、今の動きは私でもハッキリ見える。明らかに動きにキレがない。忍さんの様子を伺っている? それとも峰打ちだとしても木刀と違って抵抗があるんだろうか。


「そんな動きじゃいつまで経っても当たらないぞ? 本当にやる気あるのか?」

「うるさい!!」


 アヤメは赤髪の忍の煽り言葉を叫び声でかき消すと、そのまま少し大雑把に刀を上から振り下ろした。その動きを見た赤髪の忍がいきなり脇腹に向けて刀を横に振る。

 明らかに空気が変わった。アヤメの刀の振り終わりを狙った精度の高い素早い一撃。ただしアヤメもまた人が変わったかように素早い反応で受け止めた。

 鋼のぶつかる鋭い音が響く。ぶつかった刀同士はそのまま小刻みにぶつかり合っている。


「やれば出来るじゃないか。その動きで攻めてくれば俺にかすり傷ぐらいは付けられるんじゃないか?」

「私の剣はあくまで護身剣術ですのでそういう筋なんです。あなたこそ随分と余裕そうですね? でもこのくらいの攻撃ならまだまだ止められますよ?」


 二人が迫り合いながら煽り合っている様子をマキは目を点にしながら見ていた。


 えっ、今の何も見えなかった! なんか気付いたら二人の動きが止まってたんだけど。どうなってるの!? とっ、とにかく分かることは、二人の実力が高すぎる!


「護身剣術か。確かに見事な立ち回りだがそれで守りきれると思っているのか?」

「今のところ無理ではなさそうですね。防ぎきってあなたの心を折ります。それが私の戦い方です」

「それは確かに武人相手には有効だな。だが俺には通用しない」

「うぐぁっ!?」


 迫り合っていた状態から赤髪の忍はアヤメの腹部に蹴りを入れ突き飛ばす。アヤメは飛ばされたが地面にぶつかる前に手をつき、刀を地面に突き刺して何とか受け身を取った。


「武人にとって剣術は誇り。踏みにじられれば戦意を失うこともあるだろう。だが俺は違う。剣などはただの手段に過ぎない。そこに誇りも意地もない。執れる手段は全て執る」

「くっ……」


 マキの顔から血の気が引いた。


 蹴ったぁー! 蹴ったよあの人!! 女の子のお腹に思いっきりいったよ!? しかも刀で戦っていたはずなのに!

 すっごい意地悪なことばっかり言ってると思ったらめっちゃ意地汚い攻撃……。忍さん性格悪っ! むしろさすが忍さんと言うべきかもしれないほどの卑怯っぷりだ。ぶれない!


「俺は武人ではないからな。卑怯だなんだと言われようが何も気にしない」

「ひぃっ!?」


 再びマキの顔が真っ青になった。


 今の、私に向けて言ったんじゃないよね? 本当に心読めるんじゃ……


「卑怯とは思いません。それも立派な戦術です。今のは私が油断していただけなので」


 アヤメは腹部を押さえながら突き刺した刀に捕まり立ち上がる。


 うわぁ~、アヤメさんぐう聖人~。もう! 一回ぐらい忍さんボコボコにされてくれないかなぁ? たまには忍さんがやられているところ見てみたいよ…………って、私も性格悪いな……。いや、きっとアヤメさんが良い人すぎて相対的に忍さんに倒されてほしいと思ってしまっただけだ! 言葉の綾的なね。そうだよ、だってそもそも私の立場だと忍さんが本当に倒されたら本気で困るし!


 マキは自分に言い聞かせる。


 忍さんは明らかにわざとアヤメさんを煽るような言葉を選んでいると思う。私に対してだってあそこまで言うことないし。まぁもしかしたらただ慣れて気にならなくなっただけかもしれないけど。

 でも間違いなくアヤメさんに対しての言い方には何か狙いがあると思う。それが人質救出に繋がったりするのかも?


 マキは木陰でひっそりと考えながら動向を見守る。

 アヤメは正面に刀を構え直すと表情を引き締めた。


「油断してやられるなんて護身剣術の名が泣きます。ただ、あなたを退けるには守るだけでは中々厳しいことも分かりました。私もあなたを斬るつもりでいかせていただきます」


 アヤメは刀を半回転させ、鍔を赤髪の忍に向けた。


「では、いきます!」

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