第31話 それぞれの戦い

 風を切り裂くような短い音と鋼同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。


 アヤメは素早い太刀捌きで攻撃を続ける。対する赤髪の忍は最低限の動きで躱しつつ、アヤメの動きに合わせて隙を狙った攻撃を仕掛けるが、彼女はその攻撃にきちんと反応し刀で受け止め、再び攻撃に移る。

 一歩下がって間合いを取った赤髪の忍は刀を横に向けた。横にした刀の周りを巻き付くように風が沸き起こる。そのまま赤髪の忍はアヤメの至近距離まで近付くと、刀を振り払い風の塊を飛ばした。


「わぁっ!?」


 一瞬怯んだように見えたアヤメだったが、飛んできた風の塊の推進力を上空に逃がすよう、刀を振り上げて防いだ。


「今のも防がれるとはな」

「危ないところでしたけどね。あれは一体何ですか? あんな剣技は見たことがない」

「ただの魔法だ。風を斬撃にして飛ばした」

「魔法……。初めて見ました。にわかには信じられないことですが、目の当たりにした以上は認めざるを得ませんね。まさか魔法使いの相手をする日が来るなんて」

「そんなに珍しいものでもない」


 二人は攻防を続けながら平然と会話していた。


 す、すごすぎる!


 マキは華麗で上等な剣技の応酬に目を奪われ、二人の攻防についつい没入していた。後ろに迫る人影にも気付かずに。


「おい、お前」


 マキは反応しない。後ろからかけられた声に気付いていなかった。


「おいお前だよ! おい!」


 ん? 何か後ろから声がしたような。気のせいか! 誰もいるわけないし。しかも今はそれどころじゃない! ものすごい攻防から目が離せないんだから!


「お前何してやがるんだ! いい加減こっち向けや!!」


 マキの後ろから声をかけていた男はしびれを切らしたようで、怒号と共にマキの肩を強く掴んだ。


「痛ったいなぁあ!! 今良いところなのに!!」


 ゴツッッッ!!


「うごぅぉっ!?」

「えっ、あれ!?」


 急に感じた肩の痛みにより脊髄反射的に強く握られたマキの拳は、素早く振り返る動きに乗せた強烈な裏拳となり男の顎を捕らえていた。

 脳にまで衝撃が伝わったのか、男は全身から力が抜けたようにふらりと倒れこんだ。


 えっ!? やばっ!! 知らないうちにおっさん殴ってた!!


「……あ、あの。だ、大丈夫ですか? おーい」


 マキは男の顔を覗き込む。


 うぅっわぁ、顔怖っ!! この人多分山賊の一員だよね!?


 マキは辺りをキョロキョロと見渡したが、近くに人影はなかった。


 危なっ! 下手したら後ろからやられて終わってたよ……。この人は一人で外回りでもしていたのかな? まさかの、倒しちゃったよ。私って結構力強かったのね。しかも誰にも気付かれてなさそうだし。むしろこれ、偶然だけど良くやったね私!


 マキは小さくガッツポーズした。



――赤髪の忍とアヤメは未だに一進一退の攻防を続けていた。


 拮抗しているように見えた二人だが、少しずつアヤメが押され始めていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 アヤメは息が上がり、肩を上下に揺らしている。


「もう限界か?」

「まだまだ……。どうしてあなたはまだ余裕なんですか……?」

「ぬるい攻撃しか来ていないからな」

「なっ!?」


 アヤメは大きく表情を取り乱す。一粒の汗が頬を伝って地面に落ちる。


「お前の攻撃は生ぬるい。なぜなのか。簡単な話だ。剣捌きの良さで誤魔化しているだけで、まるで斬ろうとする気がない」

「……」

「真剣であれ、お前の剣はただのごっこ遊びだ。気のない剣などいくら受けようが避けるのは容易い」


 アヤメは顔を歪ませる。


「私の剣が遊び……」

「そうだ」

「……」

「だがお遊びにいつまでも付き合ってはいられない」

「……、まだ」


 アヤメは刀を握り締める。


「負けるわけにはいかない!!」


 鬼気迫る表情で再び赤髪の忍に斬りかかるアヤメだが、力みすぎて乱雑な太刀捌きなってしまう。

 赤髪の忍はそんな彼女の刀を軽くあしらうように振り払う。

 アヤメは赤髪の忍が反撃に出る時だけは体のキレを取り戻したような素早い反応をするが、それも徐々に遅れてきている。


「まだ、まだまだ……」

「無駄だ。諦めろ」

「まだ……」


 鍔迫り合いになったところで赤髪の忍は再び蹴り飛ばそうとする動きを見せる。

 アヤメは蹴りに対処しようと構えたが、赤髪の忍は足の動きを止め、迫り合ったまま押し出すように刀を振り払った。


「きゃぁっ!」


 斬撃自体は食らわなかったものの、アヤメは受け身も取れずに力なく突き飛ばされた。


「もうお前に戦う力はない。戦ったとしても斬る気のないお前に俺は倒せない。俺は山賊達に用がある。そこをどけ」

「嫌!!」


 アヤメは再び地面に刀を突き立てて何とか立ち上がろうとするが、刀は小刻みに震えている。


「まだ分かっていないようだな」


 赤髪の忍は片膝を着き、刀を持っていない方の手を地面にかざす。突如手に触れた部分の地面の土が盛り上がると刀の形に形成された。


「なっ……」


 明らかに動揺するアヤメの表情を確認すると、赤髪の忍は作り出した土の刀を地面に落とした。地面に当たるとすぐ、土で出来た刀はバラバラに砕けて土に還った。


「これもまた、魔法の一つだ。この程度の魔法はいくらでも発動出来る。つまりお前は満身創痍かもしれないが、俺にはまだまだ余裕があるということだ。それでもまだ挑んでくるか?」

「そうだとしても、私は負けるわけにはいかないから!」


 必死の形相のアヤメを赤髪の忍は嘲笑った。


「それでも挑み続ける姿勢は称賛を受けても良いのかもしれないな。まるでまだ、心は折れていないのだと思わせる。だが実際は違うな」

「何が、言いたいんですか?」

「お前の心はまだ折れていないのではなく、最初から折れているだろう?」

「何を……」

「お前は人質を守るために山賊に手を貸している」

「なっ……、なぜそれを!?」

「加えて、他の者達にこれ以上危害が加わらないよう、山賊の言いなりになっているというところだろう」

「……だから、何だって言うんですか!」

「お前の守る対象の中に、お前自身はいない。だからこそ自分がどれだけやられようが立ち上がる。自分がどうなろうが関係ないからな。聞こえだけは美しい話だ」

「……さい」

「だが仮に俺を退けたところで、山賊がお前も人質も解放することはないだろう。便利な道具として利用され続けるだけだ。結局自分を犠牲にしたところでお前は何も救えない。なんとも憐れな話だ」

「うるさい!!」


 アヤメは声を荒げた。

 その時、アヤメの後ろから別の声が聞こえてきた。


「あれ? アヤメちゃ~ん。まだ相手追っ払ってないの?」

「何やら騒がしいから見にきちゃったぜ」


 洞窟の中から続々と山賊達が姿を見せた。

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