第8話 真相

 マキは改めて確認するが、彼女を担いでいた男は見つからなかった。


「俺はお前の父親と会話した際、周囲の気配にも気は配っていたつもりだ。だが、今回襲撃された際も直前まで気付けなかった。おそらくそいつの仕業と考えるのが自然だろう」


 赤髪の忍が出し抜かれたという事実にマキは戸惑う。


「話しぶりも軽い感じで、凄みみたいなものも特に感じなかったんですけど……」

「襲撃時、敵の人数に対し圧倒的に手数が多かった。さらにあの煙幕。認識を阻害させるような特殊なものだった。相当手練れな魔法使いだろう。魔法使いが複数人いたという可能性も考えられるが」


 凄そうな魔法使いという響きに少しうっとりしたマキだったが、すぐ我に返った。


「あの、忍さん。改めて、助けていただきありがとうございました」

「礼を言われることではない。俺は依頼を果たしただけだ」

「それで、私のお父さんとどんな話をしたのか教えてもらえませんか?」

「魔法使いがまだ潜んでいる可能性もあるが……。今更聞かれたところで問題ないか」


 赤髪の忍は一度瞬きをした。


「襲撃日の朝、匿名で依頼を受けた。内容は夜に行われる薬物取引現場を襲撃し、取引不能状態にさせるというものだった。そして襲撃の最中、建物が爆破し倒壊。ほとんどの人間は巻き込まれ下敷きとなった」


 淡々と語られる話をマキは真剣な眼差しで聞く。


「倒壊は俺の仕込みでないとはいえ、片付いた以上とりあえず場を後にしようとしたところで、一人の男が話しかけてきた」

「それが……」

「そう、お前の父親だ」


 マキは唾を飲み込む。


「お前の父親は瀕死の状態ながら、自身が襲撃の依頼人だと告白した。建物倒壊も自ら仕組んだとも。どうやら現場もろとも死のうとしていたらしい」

「やっぱりお父さんのせいなんですね……」

「ただし、爆破物を事前に見抜けなかったのは不自然だ。おそらくその時点から魔法使いが裏で絡んでいたと推測される」

「……忍さんは、巻き込まれたことについて、その、怒ったりしないんですか……?」


 マキは絞り出すように問いかけた。


「俺は匿名だろうと報酬前払いであれば依頼は受ける。ただし俺は『自分を殺してほしい』という依頼は受けない。偶然とはいえそこを上手く突いて死のうとするとは、むしろ一本取られたというべきだ」


 それは何とも懐が深いのか何なのか……


「父親はもう一つ依頼をしたいと言ってきた。本来ならば同一人からの依頼を受けることはない。だが、俺を出し抜いたことへの報いとして聞くことにした。そしたら父親は懐からあの写真を取り出し、『この子を助けてくれないか?』と言った。受けるかどうかは俺の判断に任せるともな」


 忍さんは初めて会った時、『助けていない』と言った。それは、その時の私がただ助けを求めるだけの乞食のような存在なんだと見抜いていたんだ。


「その後、お前の父親はすぐに息を引き取った。唯一謎だったのは、死の淵とはいえ、おそらく普段の人格であろうものを一時的とはいえ取り戻したことだ。襲撃中に俺に向かってきた時の態度は発狂した薬物常習者そのものだった。あれが演技だったとは考えにくい。そもそも匿名で依頼をかけた時点も正気だったはずだ」

「私は……」


 マキは重々しく口を開いた。


「私はお父さんが何となく、何か怪しいことをしているんじゃないかとは気付いていたんです。……でも何も出来ませんでした。お母さんが亡くなってからお父さんは家を空ける機会が増えて、性格も何だか荒々しくなっていって……」


 心の奥底から引きずりだすようにマキは語る。


「最後に会った時、私、お父さんの頬を叩いちゃったんです。『昔のお父さんに戻って!』って、思いっきりビンタしちゃって」

「俺の時のようにか?」

「……うぅ、すみません……。でもそうです。正直その時は何か仕返しされるかもって思ったんですけど、むしろ逆で、私を見るお父さんの目が一瞬だけ戻ったんです。優しかった昔の目に。でも結局何も言わずに出て行っちゃいました。私も何も言えなくて、それがお父さんとの最後になっちゃいました」


 マキの目からまた涙が滲み出る。


「お前はその行為を後悔しているのか?」

「え?」

「お前の行為が一時的とはいえ正気を戻すきっかけになったのかもしれない。正気を失っていたままであれば、俺に襲撃の依頼をすることもなかっただろう。父親は死んだが、お前の行為が父親をただの狂人のままにさせなかったのかもしれない」

「忍さん……」


 赤髪の忍が着物の汚れを払う。


「父親が望んだこととはいえ、結果として俺が殺したことには変わりない。かたきとして死ぬことは出来ないが、金輪際関わらないことは誓おう。依頼されればお前の家までは護衛として使ってくれても構わない」

「……忍さん」


 マキは腹を括ったように拳を強く握った。


「……私を助けてください!」

「ん? それはどういう意味だ?」


 赤髪の忍は意表を突かれたのか、少しだけ目を丸くした。


「忍さんはお父さんから私を助けてと依頼されているんですよね? だとしたら私はまだ助かっていません!」


 赤髪の忍は未だにマキの言葉の意味が理解出来ていないのか、じっと彼女を見つめる。


「私は身寄りがなくなっちゃいました。これから一人で生きていけるほどの力はありませんし、何をすべきか、何がしたいのかも分かりません。でもやっぱり何をするにしても力が必要だと改めて分かりました。だから私は忍を目指そうと思います!」

「朝も一度話したが、忍は――

「それは聞きました。私は忍さんが間違った行動をしたとしても、殺すなんてことは出来ないと思います。でも止めてはみせます!」

「俺は仲間を作らない。使えないと思えば簡単に切り捨てる」

「だったらそうならないように努力します! 私は忍さんのことを無敵だと思ってました。けど、そうではないことを知りました。もしかしたら私が役に立てる日が来るかもしれません。それに、忍さんは私に報酬に見合う価値があると感じたから助けてくださったんだと思ってます。ならそれに応えられるよう頑張ってみたいんです! 動機としては薄いかもしれませんが、今の私にはこれくらいしか思い付きません」


 赤髪の忍は一度ゆっくりと瞬きをした。


「なるほど。確かにまだ助けたとは言い難い。依頼として受けた以上、お前が満足するまでは鍛えよう」


 マキは微笑んだ。その笑顔には、赤髪の忍を説得できたことへの嬉しさや、惰性で生きていた今までの生活から変わる可能性を掴めたという喜びだけではない含みがあった。マキにはまだ満足していないことがあった。


「ただし! 今の話はあくまでお父さんの依頼の延長です。忍さんはさっき私の依頼も聞こうとしていましたよね?」


 赤髪の忍は無言のままマキを見つめる。


「私からの依頼は……、私のことを『お前』ではなく『マキ』と呼んでください! それだけです!」


 マキは満面の笑みで懇願した。


「了解した。その依頼を受諾する。自立できる程度の短い期間にはなるだろうが、それまでは。……マキ」

「はい! よろしくお願いします。忍さん!」



――こうしてマキは赤髪の忍と共に行動することとなった。そんな二人を、遠くから観察している姿があった。


「ヒャ~、怖い怖い。ちょっとでも気ぃ抜いたら見つかってたよマジで。まぁ逃げ切る自信しかないけど。それにしても、さすがに周りが雑魚すぎてあの忍の強さが計り切れなかったな~。でも面白い存在だと分かったし、いっか! これからもっと面白いことになりそうでワクワクするな~」

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