第7話 温かみ

 あぁぁぁあああっ!!


 腕を落とされた男は悲鳴を上げるが、すぐに赤髪の忍に蹴り飛ばされ、意識を奪われその悲鳴はかき消された。

 賑やかだったはずの空気は一変する。

 目の前で起きた惨事に少しだけ臆したマキだったが、すぐに赤髪の忍の顔に目がいく。


 額から血が……。私のせいで……


「忍さん……、ごめんなさ――

「周りに気を配れ。不意打ちに警戒しておけ」


 赤髪の忍は目を向けることなく、マキの言葉に被せた。


「テメェ……、よくもやりやがったな」


 かしらの男は厳しい剣幕で赤髪の忍を睨み付ける。

 男の太ももは血に塗れ、引きずるようにして立っていた。


「テメェは何がなんでも俺の手で殺してやるよ!」


 男は強い口調で言うと、取り巻きの男から柄が赤黒く染まった刀を受け取る。


「今までこいつで何人も血祭りにしてきた。たかが少し足を切りつけたくらいで良い気になるなよぉ? こんな程度で有利だとは思わねえことだ!」


 赤髪の忍は刀を構えることもなく、ただ男を見つめている。


「安心しろ。テメェは一撃じゃ終わらせねぇ。バラバラに切り刻んでやるからなぁ!?」


 自信に満ちた表情の男は、小気味の良いリズムで刀の峰をトントンと肩に当てる。


 何回か続いたうちの、何の変哲のないただの一回。刀が肩に当たると同時に、男がふいに瞬きをしたその時――


 男が目を開けると、目の前に赤髪の忍が立っていた。

 驚いた男が咄嗟に刀を動かそうと体に力を入れると同時に噴き出す血しぶき。


「なんだ……と」


 そこでようやく男はすでに斬られていることに気付く。口からも血を噴き出し、膝から崩れ落ちた。


 その様子を見た取り巻きの男達は血の気が引いた表情で立ちすくむ。


「う、うそだろ……」

かしらが刀でやられるなんて……」

「あいつ忍なんじゃないのか!?」


 刀に付いた血を振り落とし、赤髪の忍は男達を見る。


「過去にどれだけ人を斬っていようが、今斬り込む隙を与えるのなら、そこに意味はない。忍だからと舐めてくれるおかげで俺は助かるがな」


 赤髪の忍の煽り言葉に、男達は一気に血相を変える。


「てっ、テメェ! 忍の分際で調子乗ってんじゃねーぞ!?」

「舐めてんじゃねえぞコラァ!! 一斉にやっちまえぇ!!」


 男達は抜刀し走り出す。


「まんまと挑発に乗せられているぞ?」

「黙ってくたばれやコラァ!!!」


 男の一人が大雑把に振り下ろした刀を、赤髪の忍は回転しながら横に避け、その勢いを利用し男の背中を斬り裂く。

 赤髪の忍はその後も男達の刀を軽やかにかわしながら一太刀で倒していく。

 目の前で人が斬られ、野太い悲鳴が響き渡る。そんな凄惨な光景だったが、マキはそこに気が向かなかった。


 なんて綺麗な動き……。全く無駄がないように見える。


 マキが感心しているうちに、優に二十人はいた男達が一人になっていた。

 赤髪の忍が最後の一人に迫る。


「クソッ! 舐めんなぁあああ!!」


 男は叫び、足を強く踏み込むと、赤髪の忍が間合いに入ってくる直前で高く飛び上がった。


「あっ! 忍さん危ない! ……って、あれ?」


 思わず声を上げたマキだったが、赤髪の忍の姿がないことに気付く。彼は既に男の背後に移動していた。


「踏み込みの仕方でバレバレだったな」

「なっ……」


 容赦のない言葉と共に、無慈悲な刃が男の背中を斬り裂いた。


 無惨に散った男がゆっくりと落下する。地面に打ち付けられた鈍い音は、マキにとって絶望的だった状況の終わりを告げた。



 マキの目から無意識に涙が溢れ出す。


 あれ……、涙が。いや、今はそんなことより、謝らないと……


 マキは赤髪の忍の方へ歩き出す。

 歩き出して数歩、何もないはずの空間を通った際、マキはそこにが触れた感覚を覚えたが、歩みを止めるほど気になるものでもなく、そのまま赤髪の忍の前まで進んだ。


「忍さん……本当にごめんなさい」


 マキは深々と頭を下げるが、赤髪の忍はわずかに首をかしげる。


「お前に何か謝ることがあるのか?」

「だって……、お父さんのせいで忍さんはこの人達に目をつけられて、私のせいで忍さんは怪我を負ったんじゃないですか」


 マキは頭を上げない。上げられなかった。

 次々と押し出すように涙が流れ、地面を湿らせる。


「お父さんがいけないことに手を出していたと聞きました。忍さんは私に気を遣ってくださっていただけなのに……本当に……、ほんと……」


 マキは自責の念と怒りで言葉を詰まらせる。


「お前が謝ることではない。こいつらに足をつけられ、襲撃を許したのは俺の過ちだ。お前の父親についても、薬物の作用で別人格といえる状況であったため無関係と言っただけだ。お前に気を遣ったわけではない」

「それでもっ!」


 マキは頭を上げ、赤らめた目を見開く。目線の先には、すでに血の乾いている赤髪の忍の額があった。


「だって忍さんは何も悪くないじゃないですか! 私がちゃんとしてたら、こんなことにならずに済んだはずです」


 マキは再び下を向く。顔に手を当て、肩を大きく震わせる。


 謝らないといけない。謝るしかない。私にはそれしか出来ない。

 忍さんはきっと私もお父さんのことも庇ってくれる。でもそれじゃダメだ。私は悪くても、忍さんは何も悪くないんだから……


 下を向いていたマキは、頭に何かが触れたのを感じて顔を上げた。



――お前は良くやっているんじゃないか。まだまだ幼いが、ちゃんと自分で考えられる頭を持っている。そんなに自分を悪く言ってやるな。



 涙でおぼろげなマキの目に写ったのは、今までに見たことのない、明るく優しい表情で彼女の頭を撫でる赤髪の忍の姿だった。

 柔らかい声色と頭に乗せられた手から、包まれるような温かみをマキは感じた。


 マキが落ち着きを取り戻すと、赤髪の忍は彼女の頭に乗せた手をゆっくりと離した。

 マキは涙を拭って笑みを浮かべる。


「忍さん……、ありが――

「ところで」


 赤髪の忍はいきなり普段の無表情と声色に戻した。マキは一瞬、頭が混乱した。


 ……え? えっ!?

 さっきまでの表情は一体どこへ? 切り替え早くない!?


「……な、なんでしょう……?」


 戸惑いながらもマキは平静を装う。


「男達は倒れている奴らだけで全員か?」

「え? どういうことですか?」

「相当な手練れがいると踏んで警戒していたのだが。まぁいい。ところで、お前の父親のことについては誰から聞いた?」

「え、えっと……」


 マキはまだ頭の整理が付かずにあたふたとしながら、彼女を担いでいた男から聞いた話を伝えた。

 ひとしきり伝え終えてマキは気が付いた。


「……あれ? そういえば私を担いできた男の人が見当たりません」

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