第6話 忍の流儀
ううっ、頭がぼんやりする……
目もぼやけてよく見えない……
ん? 髪がすごくなびいている。風が強い? それとも私が今動いている? 何がどうなってるの?
確か、忍さんといた時になぜか襲われて、いきなり周りが暗くなって、それで……思い出せない。忍さんは?
ようやく目が見えるようになってき――
マキは愕然とした。彼女の両手は体の後ろで縛られ、男一人に担がれて目にも留まらぬ速さで林を移動している最中だった。
言葉を発しようにも、口に布を当てられているため上手く話すことが出来ない。
「お? 目覚めたか」
マキがモゴモゴしていると、彼女を担いでいる男が気付いた。
「しっかり眠らせたつもりだったが、思ったより早く起きたな~」
「んー! んっ!」
「こらっ。ジタバタするな、無駄だって~! 君は俺たちの
男はおっとりした話し方であったが、マキは少し萎縮した。
見た目も話し方にも圧はないのに何だか怖い。平然としながらもの凄い速さで走っているし、まるで逃げられる気がしない……
マキは一旦、抵抗するのを諦める。
「君、織田の野郎のガキなんだって? あの野郎が
「んっ!?」
男の口から父親の話が出たことにマキは耳を疑った。
「まさか自分ごと取引現場襲わせるとは思わなかったわ~」
「ん!? んー!!」
驚きを隠せないマキはジタバタして男の注意を引く。
「なんだよ、またジタバタして。落っこちるぞって……あ、そうか! そういえば君は何も知らされずダシにされてる憐れなガキだった! しょうがないな~。可哀想だから教えてやるよ~」
男は口では憐れと言いつつ、微塵も思っていないであろう笑みを浮かべて話し始める。
「織田の野郎はね、俺達の元で薬の売人をやってたんだよ~。本人も相当クスリ漬けでね! まあそうさせることで言うこと聞かせるって訳なんだけど……って、おっとっと。これ企業秘密だったわ! 今のは内緒ね~!」
楽しそうに語られる話を、マキは呆気に取られながら聞いていた。素直に受け止められる内容ではなかった。
「それでこの前さ、大口の取引があったんだけど、現場をあの赤髪の男に襲撃されたんだよ~。それで驚いたのが、襲撃は織田が依頼してたらしいんだわ。どうやらあの赤髪は忍らしいね。ただ、あの赤髪も織田が依頼人だとは知らなかったっぽいけどね~」
「んっ!?」
マキは口に巻かれた布に阻まれたものの、大きな声で驚く。
「急にこんな話してもポカンだよね! なんでそんなこと知ってるかって? 織田達の会話をこっそり盗み聞きしてたんだよ~!」
男は嬉しそうに話を続ける。
「俺と違って、俺らの
嬉々として語る男と対照的に、マキは声を発することすら出来なくなった。
……忍さんこそ巻き込まれただけだった。今聞いた話が全部本当なら、忍さんはお父さんのせいで目をつけられて、私のせいでこれから苦しめられるというの……?
忍さんは私に気遣って、お父さんが無関係だって言ったんだ。それに、男達が襲ってきたときだって私を守ろうとしてくれた。それなのに私は……。こんなの、あんまりじゃないか…………
大人しくなったマキを連れた男は、薄暗い林を抜けて岩肌に囲まれた場所に到着した。マキは身動きが取れないまま地面に降ろされる。
「お前にしては遅ぇんじゃねえかぁ?」
マキはしゃがれた声の方へ顔を向けた。そこには痩せこけた頬をした中年の男が立っていた。男の周りには子分と思われる男達が二十人程いる。
「いやいや待ってくださいよ~
マキを担いでいた男が少しだけ引きつった笑みで応答する。
「おい織田のガキぃ! テメェは今すぐぶち殺してやりてぇところだが、それは後だ。あの赤髪にきちんと落とし前つけさせてからだ!」
マキが睨みつけると、男は頬を掴んだまま彼女を投げ飛ばした。彼女の悲鳴は口に当てられた布と、男達の笑い声にかき消される。
「そのガキ、逃げねぇように抑えとけ! 抵抗するなら少し痛めつけとけぇ」
「へいへい」
男の命令を受け、飛ばされたマキの近くにいた男がナイフを取り出し、彼女の頭を雑に掴み上げた。
先程までマキを担いでいた男はやれやれといった表情をしていた。
「いたいけな女の子なのに可哀想だな~……って、んんっ!?」
男の表情からいきなり余裕が消えた。
「マジか。出来るだけ気配消してたはずだけど、付けられてたのか?
「あぁ!?」
ナイフを持った男は、すぐさまマキの喉元にナイフを突き立てる。マキは一切怯えることなく、ただ沈痛な表情で赤髪の忍を見つめる。
忍さん、なんで来ちゃったの……。私が悪いのに……
マキと対照的に
「随分とお早いご到着だなぁ。そんなにこのガキにご執心かぁ?」
赤髪の忍は無言で男をただ見つめる。
「チッ、つまんねぇ奴だなぁ。まぁいい」
男は何かを思いつき、嘲笑うように赤髪の忍を見た。
「このガキ助けてぇんだろ? だったらこの場で土下座しろ!」
男が言うとすぐ、赤髪の忍は土下座をし始めた。その光景を見たマキは必死に声を上げようとするが、男達の歓声にかき消されて成す術がない。
赤髪の忍が土下座するのをニヤつきながら見ていた
「テメェは織田に雇われた忍なんだろ? 織田とテメェのせいで大損害なんだわぁ。どうしてくれんだ? あぁ!?」
踏みつけられている赤髪の忍を見て、男達の歓声が一層沸き立つ。
「あいつ本当に土下座したよ! 俺だったら出来ねぇわ」
「さすが忍だよ。意地とか欠片もねぇんだな」
「
赤髪の忍は抵抗することなく土下座を続ける。ただ、彼に向けられる罵声は、誰よりもマキが耐えられなかった。
忍さんは何も悪くないのに……。私を助ける理由もない。忍さん、もうやめて………。私とお父さんのせいでこれ以上苦しんでほしくない……
マキは身動きが取れず、声も発せられず、ただ涙を流して心の中で謝ることしか出来なかった。
「おいおい、何か言ってくれねぇとつまんねぇだろがぁ!!」
男は踏んでいた右足を大きく振り上げ、踵を赤髪の忍の後頭部に向ける。
「あいつやべぇよ! まじ傑作だよ! ハハハッ!」
左手でがっしりマキを掴んでいた男は、赤髪の忍の滑稽な姿に笑いを堪えきれず、右手に持っていたナイフを指差すように赤髪の忍へ向けた。
もう、やめて……。
――ナイフが赤髪の忍に向いた瞬間だった。
赤髪の忍はいきなり抜刀し、
「おまっ……、まさかナイフが離れる隙を!?」
ナイフを持った男が再びマキの首にナイフを突き立てようとしたが、先に赤髪の忍の刀が男の腕を断ち斬った。
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