第61話 ちぐはぐ

 少年が少し落ち着きを取り戻したところで、マキは前かがみで少年に話しかける。


「あの、ごめんね。私もちょっとむかついていたせいで意地が悪すぎたと思う」


 マキは自責の念から俯きがちに目を閉じる。少年は腕で涙を拭った。


「俺も。昨日はブスとか言ってごめん。本当は、思っていなかったのに」

「うん。ならこれでおあい……こ?」


 ちょっと待てオイ! 少しは思っていたってことだろ! しかもさっきだってブスって言いかけたよね!? ねぇえ!?


 マキはギリギリと歯を食いしばるが、赤髪の忍が横にいるため必死に堪えようとする。閉じた瞼をピクピクさせながら平静を装って尋ねた。


「と、とりあえず、何があったか説明しなさいよ」


 少年はむすっとした表情をしたものの、一度大きく息を吐いた。


「認めたくねえけど、そうだよ。俺はいじめられている……」

「あの三人組に?」

「アイツらはただの取り巻きだ。アイツらを使って俺に絡んでくる、いけ好かない奴がいるんだ。ここらで有名な金持ちの息子だ」

「ふ~ん」

「お前、聞いておいて興味ないのかよ」

「いいから続けなさいよ」


 少年は不満げながら話を続ける。


「俺はいつも一人で剣の練習をしていたんだ。練習つっても木の枝とか廃材で打ち込みするぐらいだけど。そんで、その様子を見たアイツが絡んできた」


 語りながら少年は拳を握りしめる。


「なんか気に食わなかったんだろうな。お前も分かっているだろうけど、見ての通り、俺は貧乏だ。うちは母ちゃんと弟しかいない。多分、貧乏人が剣なんか練習しやがって、ってぐらいの理由だろうな」

「何それ」


 マキはあまりの馬鹿馬鹿しさにため息をした。


「そん時はチャンバラごっこをやろうとか言われて、四対一でボコボコにされた。そんなの不利に決まってる。一対一なら勝てたんだ!」

「ふ~ん、で?」

「いちいちムカつくな。ボコボコにされたことはまぁ、しゃーないって思って片付けたけど、その場に弟が来ちまったんだよ……。いっつも俺を慕ってくれる弟で」


 少年はわずかに笑みをこぼしたがすぐに険しい表情になった。


「アイツらの前で『お兄ちゃんは強いんだ!』って言ってくれて。それはそれで嬉しかったけど、そしたらアイツが嫌みったらしい顔で、『じゃあ剣術大会に出ろ』って言ってきて……」

「あれま」

「でも大会は勝ち上がり式だから、それだとアイツぶっ倒すまで、何回も戦わないといけないだろ?」


 あぁ、勝つ前提なのね。


 マキは目を細める。


「だから、そんなまどろっこしいことはせずに直接やり合おうと何度も挑んでるだけど、アイツは卑怯にも取り巻きを使って、数の力で対抗してくるんだよ……」

「で、返り討ちにされてるってこと? それって単にアンタが弱いから、まともに相手にされてないってだけじゃなくて?」

「そんなわけないだろ!」

「でもだって、ほら。今も傷だらけじゃん」


 マキが少年を指差す。


「ちげーよ! 毎回取り巻きの相手なんてうぜえから、今日はアイツの家に突撃して正々堂々戦おうとしたら、門番みたいな奴にやられたんだよ! そいつが強かっただけだ!」


 うわぁ……、朝っぱらから元気だなぁ。


 マキはめんどくさそうに少年を見た。


「んまぁ、その話は分かったけどさ、なんでそこまでするの? 毎回毎回返り討ちにされるんなら、普通に剣術大会に出れば良いんじゃないの? その方が色々と楽でしょ」

「剣術大会だとどんな奴が出場するのか分かんねえ。もし仮に勝てなかったら困るだろ?」


 あ、なに。微妙に自信ないのね。どっち付かずだなぁ。


 少年は一旦間を置き、表情を引き締めた。


「それに、もし俺が負けたらアイツら、今度は弟にだって手を出すかもしれない。それだけはダメだ。弟は俺が守る。弟の前では強いお兄ちゃんでいないとダメなんだ!」


 マキはその言葉を聞いて密かに感心した。


 へぇ、別にそこまで悪い奴じゃないんだ。ちょっと見直した。


 マキは少年に手を差し出した。


「手助けしてあげよっか?」


 マキの一言は、ただ少年の力になりたいという一心からだった。


「なんだよ、偉そうに……」

「えっ?」


 思いがけない返答にマキは驚いた。


「え? でも、だって……」

「お前だって俺と同じ貧乏人だろ? 分かるぞ。服で誤魔化していたって、貧乏人の面だ!」


 なっ。失礼な!


「そりゃ、お前は確かに俺より強いかもしれない。だけどその強さはどうやって手に入れたんだよ? そこの武人に拾われたんだろ?」


 少年は赤髪の忍を指差した。


「いやっ、それは……」

「じゃなきゃ、おかしいよな? 貧乏人は皆弱いんだ。どうせあれだろ? 女の特権でも使って取り入ったんだろ? 違うか!?」


 失礼な奴! 違うわ!って言い張りたいけど、そういえばそういう手を使おうとはしたなぁ……。完全に意味なかったけど。つまり非常に残念なことに、否定しきれない……。


 マキは顔をしかめる。


「やっぱりだ! お前は運が良かっただけなんだ! 今の強さも、その余裕も、お前の力なんかじゃなくて、運良く出会ったそこの武人のおかげで手に入れただけだろ!? そうじゃなきゃ俺と変わんないはずだ! そのくせして、我が物顔で偉そうに」

「それは……」


 マキは言葉に詰まる。


 確かに、そうだ。今の私があるのは忍さんのおかげ。それは揺るぎない事実。悔しいけど全部コイツの言う通り。

 我が物顔かぁ。そんなつもりは一切なかったけど、私は勘違いしていたのかな?


「お前はあくまで、今は俺とは違うってだけだ!」


 追い討ちをかけられマキが完全に黙ってしまったところで、今まで無言を貫いていた赤髪の忍が一歩前に出た。


「そうだな」


 起伏のない声で赤髪の忍が告げた。


 ……やっぱり忍さんもそう思っていたんだ。


 淡い期待を抱きながら顔を上げていたマキだが、赤髪の忍の言葉を聞くと、力なく下を向いた。


「貴様と同類では流石にマキも浮かばれないだろう」


 えっ……?


 思わずマキは顔を上げる。


「確かにマキに稽古をつけたのは俺だが、教えるだけで勝手に身に付くというものでもない。何を得られるかは当人次第だ。今のマキはマキ自身が変わりたいと願い、自ら行動した結果でしかない」


 マキの頬に涙が伝った。


 し、忍さん……。


「身に付いたのかどうか、俺には判断出来ないが」


 ……き、厳しい。でも、すごく嬉しかった。


 涙を流しながらもマキは微笑んだ。


「で、貴様はどうだ?」

「な、何が!?」


 鋭い眼差しではなくとも、赤髪の忍に少年はたじろぐ。


「俺には貴様の目的がまるで見えない。貴様はわざと目立つような行動を執り、誰かの目に留まるのを待っていたのではないのか?」

「なっ……。いや、そんなこと……」

「勝手に助けがくるのを待っていたのではないのか?」

「ちがっ……」

「俺にはさっぱり分からない。助けを求めながら、いざ差し伸べられた手をはねのけ――

「だから、そんなんじゃ……」


 少年は赤髪の忍の言葉を否定しようにも、寸でのところで言葉に詰まる。


「その状況で何を望む? 一つ言うとすれば、助けられて当然だと思うだけの乞食に、助けるだけの価値はないだろう。祈っていたいのであれば、勝手に何かに祈っていれば良い。これ以上は時間の無駄だ。行くぞ、マキ」

「あ、はい!」


 二人は少年に背を向けた。


――ま、待って……


「待ってください!」


 声に反応してマキが振り向くと、少年はマキ達に向かって土下座していた。


「お、俺に、力を貸してください!」


 少年は地面に頭を押し当て続ける。涙で地面は湿り気を帯びる。


「ごめん、なさい……。ひどいことばかり言っちゃって……。俺、上手くいかないことばかりで、どうすれば良いのか訳分かんなくなっちゃって……。本当に、ごめんなさい」


 マキは震えながら土下座する少年をただ見つめる。


「褒められたもんじゃないけど、俺は結局、アイツを見返してやりたいだけ、なんです。弟の前では格好つけたい。そんな理由しかないけど、強くなって剣術大会に出たい、です。自分でもどうしようもねえなって思ってる。そんなんでも、もし助けてくれるなら……、お願いします。力を貸してください」


 少年は頭を下げたまま言い終えた。言葉をかけるのを躊躇ったマキは赤髪の忍の方を見る。


「マキが決めろ」


 赤髪の忍はマキを見ることなく口にした。


「コイツとの接点はマキが発端だからな」


 赤髪の忍はじっとマキを見た。


 ……ふぅ~


 目を閉じてゆっくりと息を吐いたマキは少年に手を差し出した。


「なら、まあ私が貸せる力はないかもだけど、とりあえずよろしくっ」


 優しく微笑むマキの手を、少年は両手で大事そうに握った。


「あ、ありがと……」

「それはいいけど、アンタ名前は?」

「あっ、そうだった!」


 少年は少し照れくさそうに微笑んだ。


「俺の名前はわたる度会わたらい わたる


 少年は添えていた片手を離した。すがる気持ちで握っていた手は、彼の心意気を示す握手に変わった。

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