第62話 洗礼
マキが亘の手を引っ張り立ち上がらせたところで、赤髪の忍が口を開いた。
「依頼を受けること自体はマキの判断である以上、異論はないが、報酬はどうするつもりだ?」
「あぁっ。そこは抜けてました!」
亘から手を離したマキは、顎に人差し指を置く。
「確かに亘、くん? うーん、亘でいっか」
「いきなり呼び捨てかよ! マキぃ!」
「アンタも今、呼び捨てにしたじゃん!」
「そっちが先に言ったからだろ!」
「じゃあ、これでおあいこで良いわよ」
「すっげぇ上から……」
「そりゃそうでしょ! こっちはお願いを聞いてあげた側なんだから。で、実際、亘に報酬なんて期待出来ないよねぇ?」
「ひっでぇーな! でも、それなら問題ないぜ!」
亘は腰に両手を置き、大きく胸を張った。
「簡単な話だ! 俺が剣術大会で優勝するからその賞金で払えるさ!」
ビューッと背筋が凍るような冷たい風が吹く。マキは目を細めた。
……マジで言ってんの?
マキが軽く手を挙げる。
「あの。……ちなみにだけど、私も出るよ?」
「えっ、そうなの?」
亘は目をパチパチさせる。
おぉ。ようやく自分の立場を理解してくれたかな?
「なら、お互い頑張ろうぜっ!」
亘は立てた親指をマキに向け、歯を出してニッと笑った。マキは一層、目を細める。
……やっぱダメだこいつ。とんでもない自信家だ。
「その自信。見習いたいぐらいよ……」
「おう! そっか!」
「はぁ……」
マキは盛大にタメ息を吐いた。
「まぁ、もういいわ。忍さん、報酬の件はこんな感じでも良いですか?」
「別に構わん。
「えぇ!? 私がですか?」
「あぁ。そもそも、さっきまで賞金を取るつもりでいたではないか?」
「それは……、そうですけど」
「どちらが賞金を取るかなど、興味がない。ただし、賞金を取れなかった場合は報酬を得られないことになる。そうなれば、それ相応の罰は受けてもらう」
「えぇ!?」
マキは顔を歪ませる。亘はマキと赤髪の忍の会話を、よく分かっていない様子でただニヤニヤしながら見ていた。
「罰だなんてひどいですよ!」
「当然だろう。賞金が得られなければタダ働きになってしまうではないか」
「……忍さんだって、アヤメさんを助けた時に報酬取らなかったくせに」
マキは小声でボソッと呟く。
「ん? 何か言ったか?」
「何も言ってません!」
膨れっ面になるマキ。
「まあまあ。めげずに頑張れよ!」
亘は得意気な顔で、マキの肩をバンバンと叩く。
……なんでアンタに慰められなきゃいけないの?
マキは無言で圧を送るが、満面の笑みを浮かべた亘には届いていないようであった。
赤髪の忍が亘に目を向ける。
「当然だが、お前も例外ではないぞ?」
「えっ……」
今度は亘が言葉を失い、マキが笑顔になった。
「何を驚いている? 当然ではないか? 依頼主はお前だろう」
「そ、そりゃ、そう、ですけど。ま、まぁ、こっから鍛えてもらえばバッチリだぜ! 俺の華麗な剣技で優勝間違いなーし!」
亘はやや顔を引きつらせながらも、胸を叩く。
「先に言っておくが、お前に剣技を教えるつもりはない」
「えっ?」
またもや亘の顔が硬直した。
「え? で、でも、だって、助けてくれるって……」
「わ、私にも意味が分かりませんよ!」
マキは赤髪の忍に詰め寄る。
「簡単な話だ」
赤髪の忍は近付くマキを手で制す。
「剣術大会まで時間がない」
「それは確かにそうですけど!」
「付け焼き刃の剣技で優勝を狙うのは難しいだろう」
「じゃ、じゃあ、どうすれば良いんだよ!?」
亘が困り顔で問う。
「マキには実戦に近い形での鍛練をしてもらう。お前にはただ剣を躱すだけの鍛練をしてもらう」
赤髪の忍の言葉がそこで終わったため、理解できていない様子の亘はポカンと口を開けた。
「あ、あの~忍さん。私も良く分かっていないので、もうちょっと詳しく教えてもらえません?」
マキが空気を読んで尋ねた。途端にキラキラした熱い眼差しが亘から向けられるも、マキは完全に無視する。
「単純だ。自身の剣技が如何に拙くとも、相手の攻撃を全て躱すことが出来れば負けることはない」
僅かに沈黙の間が流れる。
……やっぱり冗談って感じじゃないね。忍さんは真面目にそう言っている。まぁそんなことは最初から分かっていたけど。
話は分かる、分かりますよー。攻撃が当たらなければ勝てる。そりゃそうだもん。でも、まじまじと言うことではなくない?
「おおお! た、確かに!! すっげー! アンタすげえ! ぜひ、これからは師匠と呼ばさせてくれぇ!」
目を輝かせる亘。マキは横目に冷ややかな視線を送る。
……まあ本人が新発見だと思っているならそれでいいか。間違っているわけでもないし。
実際、一見安直に思えるけど、すごく大事なことだと、私も体感として良く分かっている。忍さんは攻撃を受け流すことはあっても、受け止めることはまずしない。攻撃を躱すという簡単ではない行動を、徹底的に出来ることこそ、忍さんの強さの一因なんだと思う。
「ところでよぉ」
亘が首を傾げて切り出す。
「俺は師匠に鍛えてもらうわけだし、マキはマキで、俺とは別の鍛練なんだろ? どうやってやんの?」
「確かに!」
ただのお調子者だと思っていたけど、意外と鋭いところを突くじゃん! 全く頭になかった! ホント、どうするんだろ?
「あぁっ!! 俺分かった!」
「うるさっ」
亘がいきなり声を張った。
「俺とマキでやり合うんじゃね!? そうすりゃ互いに鍛えられるし、効率良いんじゃね? どおっすか、師匠!」
亘はしたり顔で赤髪の忍を見た。
「そんなことをしてどうする? 剣術大会まで時間がない。そんな無駄なことに時間を費やす余裕はないはずだ」
亘の顔が失意の色に染まる。
亘め、完全にうろたえているね。これが忍さんだぞ! これから毎日、こういう状況になるからね? 今回を教訓にして、しっかり慣れるしかないよ。
私ぐらいになると、忍さんが私も巻き込んで罵倒してくるところまで読んでいたからね? 分かっていたから、ちっとも傷付かなかったからね? うぐっ。
マキは鼻を啜った。
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