第63話 二の次……?

「そ、それなら師匠。どうやって鍛えるんですか……?」


 弱々しい声で亘が尋ねる。


「お前が気にする必要はない」

「は、はい……」

「それよりも、お前に一つ、やってもらうことがある」

「えっ、あっ、何ですか?」


 オドオドしながら返事する亘を、意気消沈気味のマキは遠目に眺めていた。


 ……亘の反応が、なんか私と似てるなぁ。忍さん相手だと、皆ああなるんだろうか。


 唾を飲み込んで言葉を待つ亘。無表情の赤髪の忍が口を開いた。


「お前の家に案内しろ」

「え?」


 亘は口をポカンと開けた。横で聞いていたマキもそれに続いた。


「あの、忍さん。亘は私と違って、まだ忍さんに慣れていないので、丁寧に伝えないと前に進みません」


 言葉が見つからない様子の亘を見かねて、マキが面倒くさそうに進言する。


「そうか。目的はお前の家族に会うためだ。鍛練について承諾を得る必要がある」

「そ、それは何でですか? 俺がお願いしたことですから、別にいらないんじゃ……?」

「鍛練を始めれば、今以上に傷だらけになる可能性がある。そこを疑われ、何か事を起こされたら面倒だ。承諾を得た上でそうなるのであれば、それはお前が俺達に害をなす存在だということが確定し、その後の対処がしやすい」


 赤髪の忍の容赦のない言葉に、亘は痩せこけたような頬で白目を向く。


 ……忍さん、えぐいな。亘にはまだ刺激が強すぎるって! そりゃ忍さんには信頼とかいう概念ないし、まぁ亘がどれだけ信用されていないかを知る良い機会ではあったのかもしれないけど……。


 自分のことかのようにマキは苦い顔をする。


「どうするかはお前が決めろ。今なら依頼を取り止めても構わないぞ?」

「い、嫌です」


 亘は拳を握りしめた。


「このを逃すわけにはいかないっ!」


 ちゃんすって何?


「師匠が厳しいことを言うのも、俺のためだって分かってます!」


 いや、それは多分違うと思うよ?


「ここで逃げたら男じゃねえ! そうでしょ!?」


 拳を握りしめ、不安と覚悟が入り交じった表情で亘は赤髪の忍を見た。


「決めたのなら、さっさと案内しろ」

「えっ。あっ、はい……」


 握りしめた拳からあっさりと力が抜けた。輝かしい瞳から一転、亘はとぼとぼ歩きだした。


 ……仕方ないって。これが忍さんだから。反応を期待するとか意味ないから。私達が合わせるしかないんだよ。ある意味、亘にとっては鍛練以上の試練かもね。


 小さくなった亘の背中を細めた目で見つめながらマキも続いた。






「忍さん」

「何だ?」


 歩きだしてから少し経ったところでマキが口を開いた。


「さっきは聞かずに終わっちゃいましたけど、亘も言ってたように、稽古はどうやってやるんですか?」


 マキは目をパチパチさせる。


「これはまさか、もしや、亘で手一杯になるから私は免除とか!?」

「それには及ばない」

「はぁ」


 分かりやすくマキがため息を吐く。


「マキには俺の分身と戦ってもらう」

「なんと!」


 分身の魔法とは予想外だった! え、でも待って。


「私の方が分身なんですか……?」


 亘よりは私の方が強いと思っていたんだけど、気のせいだった? モヤモヤする……ん?

 分身は確か、本人よりは弱いはずだから、そうなれば稽古もちょっと緩いってことかも? でもなんだろう。そんな気がするのになぜ素直に喜べないの? 二の次にされた感があるから?


「マキ側を分身にすることには訳がある。まず第一に、マキと違い、あいつは俺が魔法を使うことを知らない。何らかの要因で分身が消えてしまうようなことがあると厄介だ」

「それは確かに」


 忍さんのことをよく知らない亘からしたら、何かの拍子に忍さんがいきなり消えたりでもしたら卒倒するか! そもそも魔法自体、知らないだろうし。


「それだけでも充分な理由ではあるが、付け足すとすれば分身は出力を調整できる。つまりマキに合わせていくらでも雑魚にできる」

「……何気ない一言が鋭すぎます」

「倒すことが出来ればより精度の高い分身を作る。成果が見えやすく、鍛練には向いている」


 無視かい!


 マキは赤髪の忍を睨み付ける。


「理由は以上だ。分かったか?」

「わーかーりーまーしーたー」


 ふてくされたマキはプイッと顔を背け、赤髪の忍より少し前を歩いた。






「母ちゃ~ん。ただいま~」


 路地裏にある廃屋のような建物が建ち並ぶ一角で亘は立ち止まった。

 大通りにある建物とは似つかわしくない景色に、マキは昨日訪れた荒廃地と同じような雰囲気を感じた。


「亘くんおかえりなさ……い?」


 亘の母親らしき女性が建物から出てくる。艶のない髪を後ろで束ね、やや頬は痩けている。マキ達を見た女性は怪訝な表情を浮かべる。


「あ、あなた方は一体、どちら様でしょうか……?」

「大丈夫だぜ、母ちゃん! この人達は怪しいやつじゃねえ! ん? 怪しいは怪しいのか?」


 おい!


 マキが亘に鋭い視線を送る。


「じょ、冗談だって。ほ、ほら。怪しい人じゃないだろ!?」


 亘が苦笑いで伝えるも、母親の表情は晴れない。


 ど、どうしよう……


 親指を噛むマキ。


 めっちゃ怪しまれてる。忍さんどうする気!? 承諾取るとか言ってたけど、誰が取るの? 忍さんは何もしなさそうだし、亘もこんな調子じゃ何の役にも立たなそう。私!? 私にさせようとしてるのか!? えっ、どうしよ。どうすれば?


 マキがオドオドしていると、赤髪の忍が一歩前に出た。


「亘のお母さん、はじめまして」


 赤髪の忍が爽やかに声をかけた。


 はっ!? ――痛っ!


 思わずぎょっとしたマキは、勢いよく振り向いた拍子に、首を少し痛めた。


「は、はじめまして」

「私は依田という者で、しがない旅人をしております」


 違和感しかなさすぎる! 普通の人みたいに喋り出した! そんなこと出来たんだ! 自然に偽名使うし。亘の奴も思わず口開けてるよ!


「依田さんとおっしゃるのですね。その、亘くんとはどういう?」

「出会いは偶然ですが、彼から剣術大会に出るための稽古をつけてほしいと頼まれました。もともと私は旅をしながら、頼まれ事があれば請負うことを生業にしておりますので、微力ながらお力添えをと思った次第です」


 赤髪の忍は表情こそ柔らかさはあまりないものの、丁寧な口調で説明する。マキは口をあんぐりさせ、黙って聞き入る。


「な、なるほどぉ。でもお仕事ですと、すでに分かってらっしゃるとは思いますけど、私達にお支払いできるような金銭は……」

「それには及びません。亘は剣術大会の優勝賞金を充てると言いました。無謀に聞こえるかもしれませんが、私は十分に可能性があると考えております。もし駄目だったとしても、それほど問題ではありません」


 その言葉を聞き、マキと亘が同時に背筋を伸ばす。


 ……本当にそれほど問題はないのか?


「私はそんな彼の威勢を汲み、引き受けることにしました。今回、お母さんにお会いしたのは、稽古をするにあたっての了承を得たかったからです。これから毎日、日が暮れるまでには終わるようにしますが、私としてはなるべくきちんと稽古をしてあげたいので、どうしてもかすり傷などは負うことになってしまいますので」

「そこまで考えてくださっているなんて……。亘くん!」

「うえぁいっ!? 何?」

「本当に剣術大会に出たいのね? 途中で逃げたりしないわよね?」


 亘はわずかに戸惑いの表情を見せる。マキは俯きがちに頷く。


 うんうん、分かるよ。逃げないかってところが引っ掛かってるよね。だって稽古の内容が逃げるだけだし。


 亘は力強く瞬きをした。


「もちろんだぜ、母ちゃん! 絶対優勝してやる!」

「そう。分かったわ」


 亘の母親は再び赤髪の忍を見た。


「こんな素敵でお優しい方に巡り会えるなんて……。ぜひ亘くんをよろしくお願いします」


 亘の母親は目を潤ませ一礼した。顔を上げた母親は頬を赤らめ微笑む。マキはそれを見て眉間にシワを寄せる。


 ん? お母さん、今ときめいてない? 顔を上げてから雰囲気変わったよね? 明らかに血色良くなったし。うわ~忍さん、たらしてるわ~。お母さんを勘違いさせちゃったよ。言ってたこと、ほとんど出任せだし。全部ではないかもしれないけど。そもそも、あんな自然に話せるなら普段からそうしてよ!


「承りました。では早速、失礼します」


 丁寧に返事した赤髪の忍はその場を後にする。マキ達は後ろに続いた。


 本当に、どこまでが本心だったの? 聞いているだけだとものすごく誠実に見えたけど。でもそんなわけないしなぁ~。


 マキは懐疑的な視線を赤髪の忍に向けたまま話しかける。


「いやぁ~。忍さん、良いこと言いますね~」

「何がだ?」


 これは、もしかしたら照れ隠しだったり?


「とにかく、何とか目的は達成しましたねぇ」

「あぁ。とりあえず言質は取った」


 うん、やっぱり普通に忍さんだわ。

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