第64話 どっち!?
「この辺りで良いだろう」
亘の母親から承諾を得た後、人通りの少ない寂れた通りに来たところで赤髪の忍が立ち止まる。
「亘。お前は少しここで待っていろ」
「えっ、はい」
「マキは俺に付いてこい」
「は、はぁ」
状況が飲めないまま、とりあえず従うマキ。赤髪の忍は人目に付かない暗い路地へマキを誘導した。
「なんで私だけこんなところに?」
マキはぶるぶるしながら周りを見る。
なんでこんな薄暗いところに!? 普通に怖いんだけど! 事案だよ事案……って、えぇ?
暗がりでやや視界がぼやける中、マキの目には赤髪の忍が二人に分裂していくように見えた。マキは思わず壁に手を付き、目頭を押さえる。
「あ~私だめですわ。多分、目が回っちゃったみたいで」
「「そうか」」
「はっ!?」
左右から同じ声が聞こえたマキは目を見開いた。
てっきり壁に反響して声が重なっていたのだろうと考えていたマキだったが、その瞳には二つの姿がはっきりと映っていた。
「ふ、二人いる!?」
「「だから、分身を使うと言っただろう」」
「うっ……!」
同じ声の同じ言葉が二方向から耳に届き、困惑するマキ。
「うわぁ、目じゃなくて頭が回りそうですぅ」
クラクラしながらも、マキは改めて二人の赤髪の忍を観察する。
う、瓜二つ……。全く違いがわからない! こわっ!
「えっと、あの、どっちが本物ですか?」
僅かな違いでも探そうと、マキは交互に見続ける。
「マキは俺についてこい」
片方の赤髪の忍が歩き始める。もう一方はただ無言を貫く。
えっ、じゃあ、歩きだした方が分身? いや、あの、返答してほしかったんだけど……。行動で示されても。いつもの無視なのに、二回無視された気分……。
大きくため息を吐いてから、マキは続いた。本物と思われる方の赤髪の忍は、マキが動き出したことを確認すると亘の元へ向かっていった。
遠く小さくはなっていったが、マキの耳には赤髪の忍と亘の会話が届く。
「あ、師匠! あれ? マキは~?」
「マキとは別行動だ。さっさと鍛練を始めるぞ」
「え? マキ一人でどこに!?」
「お前が気にする必要ない」
「えっ、あっ……」
いや、めっちゃ困惑させてんじゃん! そりゃそうだよね。亘からしたら、私一人で路地裏に消えていったんだし。すでに忍さんのヤバさを知りだしていることだし、勝手に自分に当てはめちゃってビクビクだろうね。私も今、ビックビク。
マキは前を歩く赤髪の姿をじっと見る。
……本当に分身なんだよね? そこから疑わしい。忍さんは平気で騙すしなぁ。
疑いの目を向けつつもしばらくは黙って歩いていたマキだが、次第に耐えられなくなる。
……本当の本当に分身? いや、まぁ、噓ついてまで本物が来る意味が見当たらないけど、なんか気になってしまう。忍さんの言葉を信じるなら、分身は本物よりは全然弱いはず! だったらいっちょ試してみちゃうか!!
マキは懐の短刀に手を伸ばした。
「まだ抜かなくて良いぞ?」
「ぎょぇぅっ!?」
マキの体が硬直する。
「いや、アンタ本物でしょ!?」
マキは立ち止まり、振り向くことのない背中に人差し指を突き付ける。
「何を言っている? マキの相手は分身だと本体が伝えたはずでは?」
「ででで、でも! 分身だったらそんなに強くないんでしょ!? 刀に手を掛けただけで気付くなんておかしい! 本物でしょ、やっぱりぃ!!」
マキはもう一度、人差し指を向ける。
「ふむ。なるほど。そこまで言うなら試してみるか?」
「え?」
ん? な、なんか今、忍さんらしくないことを言ったような?
「どこでもいい。好きなところを殴ってみろ」
「え、そ、そんなぁ、いきなり……」
「何を臆している? さっきまで、短刀で襲いかかろうとしていたんじゃないのか?」
「った、たしかに!」
す、鋭い! こんな鋭いことを言えるのが分身だとは思えない!
「本当にやりますけど、良いんですね?」
「構わない」
「そ、それじゃあ」
忍さんが何を期待しているのか分からないけど、きっともう稽古は始まっているってことだ! こうなりゃ全力だぁ!
マキは強く足を踏み込み、
――なっ!?
マキの拳が明確に捉えたと思ったのも束の間、確かに触れたはずの感覚が消え、マキの目の前で霧散するように姿を消した。
え? あ? えぇ!?
目の前で起きたことが信じられず、マキは目をキョロキョロさせる。暫く動けずにいると、いきなり人の気配を感じた。
「何があった?」
マキの目の前に赤髪の忍が現れる。
「え? 何これ? 分かんない! 一体何!? えっ、もう分かんない!」
動揺を隠しきれないマキ。
「分身の消失を確認し、来てみたが」
「え? アナタは本物?」
「ああ」
「で、でも本物なら、今頃亘と稽古中のはずじゃ……」
「あいつなら初っ端から俺の攻撃が直撃し、今は伸びているため放置してきた。まあ特に問題はないだろう」
あぁ、これは本物だ。こんなこと平気で言うのは本物に違いない。というか、そう信じたい。
マキはすぐ落ち着きを取り戻した。
「様子を見るに、どうやら敵襲ではなさそうだな」
「分身の忍さんが殴ってみろって言ったので殴ってみたら……」
「なるほど」
赤髪の忍が顎に手を置く。
「マキに合わせ、作成した分身は情報共有すら出来ない程度の能力に制御していたが、知能レベルまでも低下させすぎたか」
「れべる?」
「ああ、そういえばそっちの対策も必要だったな。あの分身では、どの道そこまでは出来ない。これは俺の不手際だな」
「え、あの、話が見えないんですけど。ちなみに亘は大丈夫なんですか?」
「あくまで気絶しているだけだ。躱せと指示しても躱さなかったあいつが悪い」
「あ~」
マキは貶すような顔をする。
なんか、すごくその光景が目に浮かんだわ。大方、亘のやつが大した攻撃は来ないと高を括ってたんじゃない? 甘い。忍さんはそんな人じゃないから。自分の身は自分で守らないと危ないから! 災難ではあったけど、これでちょっとは自信がへし折られたかも? それだったら充分収穫あったかもね。
「亘もまだまだですね」
「マキと違って骨がないな」
「えっ!?」
え、今自然に褒められた!? なにこれ、すごく嬉しい!!
「えへへ。それほどでもぉ~!」
マキは頭を触りながら照れくさそうに微笑む。
「あいつももう少し、マキのような骨の太さが必要だな」
「ちょっと~、褒めすぎですって~!」
「まあマキの場合は、骨が太いというより図太いと言うべきか」
「えっ……」
なにそれ、ぜんっぜん嬉しくないんだけど!? わざわざ言う!? それ。
毎回勝手に乗せられる私も悪いのかもしれないけど、ひどくない!?
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