第65話 洗○教育

「鍛錬自体は新たな分身を作成して行うが、その前に言語の知識を埋め込む」

「埋め込むとは!?」


 マキは目を見開いて聞き返す。


「一々気にするな」

「いや、気にするでしょ! 明らかに不穏な言葉が! ちなみに、その言語っていうのは文化の違いで云々ってやつのですか?」

「ああ。マキが元々いた地域ではあまり使われていない類の言葉だ。覚えておくことに越したことはないだろう。さらに、鍛練と並行して言語習得を行うことは、鍛錬にもプラスの効果を見込める」


 ぷらすって何!? 忍さん、ちょいちょい意味分からない単語ぶっこんでくる! つまり、そういう言葉を覚えろってことだとは思うけど!


 マキは苦笑いする。


「でも、鍛錬しながらは無理ですよ。だって、それだと忍さんの容赦ない攻撃を受けたりしながら、単語を書き写したりしないといけないってことですよね。そんなの、とってもじゃないですけど、現実的じゃないです」

「マキが気にする必要はない」

「だから気にしますって!」


 さすがに言ってることおかしいって! 気にしないことの強要は何!? なぜ!?


「マキは黙って、ただ備えていれば良い」

「何に!?」

「とりあえずこっちへ来い」

「はい?」


 得体の知れない恐怖に顔を引きつらせるマキ。躊躇して動かずにいると、赤髪の忍からマキに近づいてきた。


――あがっ!?


 赤髪の忍が片手でマキの額を掴む。蟀谷こめかみをがっちり掴まれ、マキは身動きが取れない。


 えっ!? 怒ってる!? 言うこと聞かなかったから? めっちゃ力強いし!


「いやっ、えっ、あの」

「いくぞ」

「何を!?」


 戸惑うマキを置き去りに、赤髪の忍が蟀谷を押さえる力を強めた。


――なっ……!?


 マキは浮遊感に襲われる。


 こ、この感覚はっ! 急に気持ち悪くなるこの感覚、知ってる。これは、『魔力酔い』だ。うっ。なんでまたいきなり……っ。


 浮遊感はすぐに薄れた。赤髪の忍が手を離すとマキは崩れ落ちるように膝をついた。


 い、一体今のは何を……、な!?


――プラス。加算、有益。好機


 マキは頭を抱える。


 なんか勝手に言葉が聞こ――レベル。標準、段階――えてくる!?


「し、忍さん、これは、あぁうるさい!」


 マキはハエでも追っ払うかのように、頭上の何もない空間を叩く。


「あ、あの。これはっ、何なん、うぐっ、ですっ、か……?」


 クラクラと頭を回しながらマキが尋ねる。


かつて、忍の教育機関で使用されていた魔法だ。幻惑魔法の一種だな」

「やはり……うわぁ、幻惑魔法なん……うわぁ、です、ねわぁ……」

「四六時中、強制的に情報を与えることが出来る。洗の……、詰め込み教育として使われた。短時間で高い精度で行えるため効率が良い」

「なっ!?」


 い、今、明らかに洗脳って言いかけたよね!?


「なんでそんなこと、うわぁ……」


 やだこれ! 全然会話に集中できない!


「こ、これ、一旦止めて、もらうことは……?」

「それでは意味がないだろう。ただし先に言ったが、これは幻惑魔法の一種だ。自分で解除できるなら、それでも良いぞ?」

「どう、やって?」

「自分で考えろ」


 ……り、理不尽。


「正規な対応でなくとも、例えば完全に意識を失えば強制的に解除はできる」

「なんと! だったら今からここで寝れば……」

「睡眠程度では解除できない。寝ていても脳は活動しているからな」

「そ、そんなぁ……」


 それじゃあ、どうしようもないじゃん! 寝ても止まらないなんてキツすぎる!


「ち、ちなみにいつまで、この、状態に?」

「一回の持続効果はせいぜい一日だ。よって、これから毎朝、この魔法をかける。そうすれば大会当日までに充分な知識を得られるだろう」

「い、嫌ぁ……」

「それなら一日で詰め込むか?」

「そ、そんなことができるなら!」

「それならば今夜決行するか。寝ている間が最も効果的だ。マキが寝たら魔法をかける。より強力だが、寝ていれば魔力酔いもそこまでないだろう。起きそうになったらなったで手段はある。朝目覚めた時には、自然と言語知識が身に付いているはずだ」

「もっと嫌ぁぁぁ!」


 怖すぎる! 完全に洗脳じゃん、それ! 寝て起きたら別人格になってるぐらいの衝撃でしょ!? それが出来ちゃうってことでしょ!? 私を都合良く変えてしまおうとかは思っていないだろうけど、それでもさすがに怖い! というか、起きそうになったら、何する気!? この人、ホントに手段選ばないし……


「こ、このままで良いです……」

「そうか」


 この状態ならまだ安心。とりあえず私の意識はあるし。あぁ、でも寝ている時も持続するって言っていたな。そうなると、どっちでも一緒な気もしてきたな……。むしろ今もずっと頭に聞こえ続けているし、知らないうちに終わっていた方が良いのかも!? でも、もう言っちゃったし。諦めよ……


 マキが独り言を呟いている間に、赤髪の忍が分身を再度作成していた。


「では俺は亘の元に戻る」

「いつの間に二人に!? そっちの俺が本物の忍さんなんですね」

「ああ。マキから見て右が本体。そして俺が分身だ」

「あの。両方喋られるとワケ分からなくなってくるんで、分身の方は黙っていてもらえると助かるんですけど」


 言われた分身はそのまま口を紡いだ。


 ……さっきの分身といい、分身の忍さんは素直に言うこと聞いてくれて、なんかちょっとかわいい。


「言っておくが、今度の分身は前の奴ほど阿保ではない。自滅はあまり期待しない方が良い」

「はい! もちろん、そうだろうと思っていましたよ!」

「そうか」


 ……褒めてくれない。本物の方は可愛くない!


 ムスッとしたまま、マキは本体の後ろ姿を見送った。


「では、そろそろ始めるぞ」

「はい!」


 マキがニコニコしながら応える。


 油断するなよ、私! ちょっと可愛くても忍さんだ! ただでさえ、今はずっと頭に言葉が流れているんだ。集中集中!


「まずはどうしましょう?」

「とりあえず、そのままかかってこい」

「はぁ」


 なんか。この感じは分身でも一緒だ。


「今のマキは本体がかけた魔法の影響下だ。普通に話す分にはさほど気にならないかもしれないが、普段通りの立ち回りというのはそう簡単にはいかないだろう」

「なるほど!」

「戦闘中は特に、気が散る中でいかに集中できるかが問われる」

「分かりました!」


 マキは威勢良く返事をする。


 なんだろう。普段より気分が乗っている気がする!

 忍さんがちょっとかわいいってだけで。なんて単純なんだ! でも集中も出来ていると思う! 頭に聞こえてくる音も、そんなには気にならない! いける! かわいい忍さんを倒してしまうのは名残惜しいけど、これも鍛練鍛練!


「じゃあ、いきますよー!」

「こい」


 分身が木の枝を作り出す。マキは短刀を抜き、颯爽と走り出した。


 よっしゃあ! やってや――ハンバーガ――っ!?


 頭に響いた言葉に、マキは思わず横を向いた。


 はんばー……ぐわぁっ!?


 横を向いたマキの頬に、分身が振り抜いた木の枝がめり込んだ。


――いったぁぁぁあああっ!


 吹っ飛ばされたマキは頬を押さえ、のたうち回る。


「先ほど注意したばかりなのに気が散ったな。隙を見せれば当然こうなる」


 分身が木の枝を肩に担ぎながら言い放った。


 やっぱ分身もかわいくない!!

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