第60話 窮追
少年はマキに気付いた瞬間、背を向けて走り出した。
「あっ!? 待てこらぁぁぁ!」
逃げるな否や、マキは険相な面構えで追いかける。
「うわぁっ!?」
少年はマキが追ってきたことに驚くと、振り切ろうと脇道に入っていく。
――絶対に逃がさない。
落ち着いた声で呟きながらマキは猛追する。
少年は地の利を活かさんとばかりに右へ左へと駆け、簡単に追ってこられないよう道端に置いてある物を落として進路を塞ごうとする。
「ふっ。甘い!」
マキが鼻で笑う。少年の悪あがきは
徐々に距離を詰められた少年は遂に体力が底を突き、息を荒らげて立ち止まった。
少年の前にたどり着いたマキは彼の目の前でどっしりと腕を組む。
「ばっ、化け物かよ……。なんで、息も、切らせて、ねえん、だよぉ」
「ふんっ。この程度で息切れするなんて情けない」
マキは得意気な顔をすることなく、少年を見下しながら言い放つ。
「で、私に何か言うことはない?」
一段と鋭い眼光を向けられ、少年は萎縮する。
「……。」
少年は何かを口にしたが、マキまでは届かなかった。
「なんて?」
再びギロッと見られ、少年はピクッとする。
「……、ブ――
少年はそこで止めた。一言発した瞬間、白目を向いたマキが指を鳴らす。
「この状況になってもまだ分別を弁えない悪ガキには、教育的指導が必要ですねぇ」
マキは硬く握りしめた拳を振り上げた。
――なっ!?
拳を振り下ろそうとしたところで、マキは急に腰の帯を掴まれ宙に浮く。
「なっ!? しっ、忍さん、いつの間に!? 離して! は~な~し~て~ください! これからこのクソガキをぉぉぉ」
身動きが取れずにジタバタするマキだが、一向に解放されない。終に観念したのか、マキは体から力を抜いた。
「分かりましたから……。もう、降ろしてください」
マキの言葉を受け、赤髪の忍はマキの足が着くところまでゆっくりと降ろし、帯から手を離した。そこでマキはニヤリとする。
よっしゃぁぁぁっ――なっ!?
改めて殴りかかろうと、一歩踏み出そうとしたマキだが、拳を構えたところで動きが止まる。
あ、あれ? う、動かない!?
状況を確認しようとするマキだが、眼球すら満足に動かせずにいる。
な、何これ!? 掴まれてる? いや違う! これは、幻惑魔法だ!
マキは僅かに眼球を動かして少年を見る。少年は、見開いた目を充血させたままなぜか動かずにいるマキに、不審と恐怖の眼差しを送っている。
待って、本当に動けない! 瞬きも出来ないんだけど!? いやいや待て、諦めるな私! これは幻惑。ただの幻惑。まやかしだ!
動ける、動ける、動ける、動ける、動ける、動け~!!
……全く動かない。ホント待ってこれ。え、やばっ、息も出来ない! いや、でもだって、これはあくまで思い込み。あくまで息、が、でき、な……
あがきながらも限界を悟ったマキは、死に物狂いで充血させた眼球を、何とか赤髪の忍の方へ向けた。
マキの想いを受け取ったのか、ようやく金縛りは解かれた。マキは目一杯に呼吸をし、目を閉じて乾いた瞳を潤した。
「も、もう勝手に殴ろうとかしませんから……」
マキは片目だけ開き、赤髪の忍に見せつけるように両手を上げた。
何が起きていたのか、状況が飲み込めない様子で動揺していた少年は、マキの一言を聞くと安堵の息を吐いた。
「もうしませんから良いんですけど、それにしたって、そんな頑なに止めなくたって……」
マキはむすっとした表情で赤髪の忍を見る。
「暴動だと叫ばれ、騒ぎを起こされたら面倒だからな」
赤髪の忍は少年を見る。少年はマキから救ってくれた感謝を示すように顔の前で両手を握る。
「そんな、暴動だなんて大袈裟な。ちょっと小突く程度ですよ!」
「マキがそのつもりでも、コイツが警志隊に言わない保証はない」
少年は両手を握りしめたまま頬を緩める。
「どうしてもコイツに報復したいのであれば、口封じも兼ねて息の根を止めろ」
少年の顔から血の気が引いた。だらしなく口をあんぐりとさせる。
えぇ……。
マキも顔をひきつる。
話が飛躍しすぎ! 怖すぎでしょ……。クソガキ見てみ、ドン引きよ? 私でも引くわ!
「いやぁ、さすがにそこまでは、いいです……」
赤髪の忍の言葉で強制的に落ち着いたマキが引目に答える。そのまま少年をマジマジと見つめると、目を丸くした。
「ところでアンタさ、そんなに傷だらけだったっけ?」
少年は不意を突かれた表情をすると、目をそらして膝や腕に出来ている傷を手で覆い隠す。
「昨日見たときはそこまでじゃなかったと思うけど? まさか、私との追いかけっこで怪我したの?」
「ちげえよ!」
マキに目を向けることなく少年が声を荒げる。
「はぁ?」
「ひぃっ!?」
一度は眉に皺を寄せ、威圧的な声を発したマキだが、横目に赤髪の忍をちらっと見て、やれやれ、と言わんばかりの表情をする。
「はぁ……。じゃあなんでそんなに傷だらけなのよ。どうせまた、昨日の奴らにいじめられたとかじゃないの? 強がらなくても良いのに」
呆れ顔でマキが言った。
「強がったっていいだろ!!」
少年は叫んだ。マキは少しのけ反る。それは語気に押されたというよりも、少年が涙を浮かべていたことに戸惑った。
「あっ。な、なんかごめんね……。そこまで馬鹿にするつもりはなかったんだけど」
どうすれば良いか分からず、マキはとにかく謝った。
「お、俺だって、だっせぇことしてるって分かってんだよ! でもしょうがねえだろ! うわぁぁぁん」
少年は泣き喚き、マキはその様子を見て更にあたふたし、赤髪の忍はただ無言で立っていた。
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