第38話 集う猛者達

「それはテメエの役目じゃねえだろうがぁぁぁあ!!!」

「あぁ? 何言っ――ガフォァッ!?」


 叫びながら飛び上がった男は斬原が振り向く間も与えず後頭部に膝蹴りを入れた。

 首から上だけが飛んでいこうとするほど前のめりになった斬原は、顔から地面に派手に突っ込み、そのまま意識を失った。蹴った男は刀の柄に手を置いたまま、一人で尻もちをついていた男の前を通過して立ち止まった。尻もちをついていた男達はいきなり起きた新たな衝撃に口をあんぐりとさせる。


 や、やっべぇぇぇ! いきなり飛び膝いったぁ!! 斬原さんって人、死んだんじゃないの!? これ、さらにやべえ奴が来たのでは!?


 マキは見つからないようにひっそりと隠れながら現れた男を観察する。


 爽やかな黒髪の短髪。身長は忍さんより少しだけ低いかな? でもすらっとしていて端正な顔。それに見慣れない形状で紺色の、とりあえず高そうな着物。着物でいいのか?

 とりあえず総評として、見た目はすごくかっこいい人だ。でも私には分かる。この人はやばい。だっていきなり人の後頭部蹴り飛ばすとか頭おかしいもん。


「危ねえところだったぜ。ったく油断も隙もねえな、龍刃りゅうじんの野郎は!」


 危ないのはあなたでは……? というか、この人はやはり斬原って人と知り合いのようだ。でもあれ!? 斬原って人は軍のなんちゃら部隊の偉い人って言ってなかったっけ? 相当強いって話だったよね!? そんな人を一発でしてしまうなんて……。本当にヤバい人じゃん。


 斬原を蹴り飛ばした男は一仕事を終えたような表情で額の汗を拭う仕草をした。


――少し遅れて、小柄な別の男が斬原を蹴り飛ばした男の元へ走り寄ってきた。


「ちょっと待ってくださいよ~! いきなり飛ばしすぎですってぇ~……って、ええ!? 戦闘狂倒れているじゃないですかあ!? え? もしかして死んでる……? な、何があったんですか!?」

「は? やっかましいな。俺が後ろから蹴り飛ばして気絶させただけだわ」

「はあ!? 後ろから蹴り飛ばしたぁ!? さも当然のように何言ってんすか! アンタ頭おかしいんじゃないですか!?」


 あ。私と同じこと思ってた。


「おいテメエ今なんつった?」

「いやっ……」

「そもそも龍刃はこれぐらい屁でもねえよ。それに頭おかしいのはこいつだろうが」

「……いやアンタも大概だよ。鞘伏さやふしさんよぉ」


 後から来た小うるさい人。着物?はあのヤバい人と同じ。体格は小柄で白っぽい髪色。顔立ちも何だか見慣れない感じ。まぁでもとりあえずこの人はあまり危険そうじゃないな。明らかに下っ端臭あるし。その気になれば私でも勝てそうな気さえする。

 そんなことよりあのヤバい人は何者なんだろ? おばあちゃんなら分かるかな……って、あれ?


 マキは隣で様子を見ていたはずの店主の老人が近くにいなくなっていることに気付く。周りを見回すと店の奥で頭を抱えてうずくまっていた。


「え? あの、おばあちゃん? あっやばっ……、まぁいっか。ど、どうしたんですか!?」

「やばい奴が来た……。斬原あれよりやばい奴が来たんじゃ……」


 斬原って人をあれ呼ばわり!? それだけあの人がさらにヤバいってことだろう。おばあちゃん呼びに反応しないほど動揺しているところを見ても間違いない。てか、急に人変わりすぎでしょ。


「あの~、ぶるぶるしているところアレなんですけど、そのサヤフシって人が何者か教えてもらえませんかね?」

「鞘伏だって!?」


 怯えたままの店主に代わり、一息ついていた客の一人が反応した。


「また大物が出てきたな。どうなってんだよ……。心臓に悪いぜ」

「そんな有名な人なんですか?」

「はぁ~……。お嬢ちゃんよ。知らぬが仏って言葉は本当なんだな……」

「むっ……」


 なんかバカにされてる?


「あぁごめんごめん! 別にお嬢ちゃんを馬鹿にしたいってわけじゃないんだ。ちょっと僕も動揺しちゃってただけで」

「はあ」

鞘伏さやふし 宗玄そうけんムサシこのくにが誇る天才剣士だよ。元々鞘伏家は名家だけど、その中でも随一だって言われている。現役最強の呼び声が高い」

「そ、それはすごいですね」


 顔はかっこよくて、実力もあって金持ちってことか。中々抜け目がないな! ただし、ヤバい人だって私は知っている! 騙されない。こういう人が一番厄介だと私は思うね。というか強い人って変な人ばっかりなんだな。そう思うとアヤメさんは本当に良い人だよね。


「ムサシには数多の剣の流派があるはずだけど、そのほとんどを達人級に使いこなすって話だ。さらには警志隊の総統だからな~。正に武人の中の武人って感じだよな~」


 警志隊……。嫌いだわ。


 マキの表情は一気に険悪なものになる。


 警志隊と聞いただけで一気に嫌いになった。私の嫌いな警志隊。さらに、そこの一番上の人ときた。それだけで偉そうに見えてくる。どうせ碌な人じゃない。


 マキは改めて鞘伏の動向を見るべく、今度は店の出入り口から睨みつけるような視線を送る。


「さすがの佇まいじゃのぅ。末恐ろしい男じゃて」


 怯えていた店主もようやく落ち着いてきたようで、マキに隠れるようにして様子を見る。


「あ、あの。なんでそんなにあの人を警戒しているんですか?」


 店主はマキに聞かれて一瞬だけぎょっとした。


「そ……、そうじゃよな。何をびくついておるんじゃ。わしに勘づいて来たわけでもあるまい。今更あやつらにはどうも出来んわな。もう時効じゃて……」

「……ん?」


 え? 今何て言った!?


 マキは急に背筋に冷たいものが走り、顔を引きつらせる。


「お嬢ちゃんよ。人には知らない方がええこともあるんじゃよ……」


 店主は細く目を開き、妙に落ち着いた低い声で言った。


 え? こわっ。なに!? あやつらって、鞘伏って人とかのことだよね。ということは警志隊ってことなのか? えっ、なに。このおばあちゃん何か訳あり!? この人もヤバい人じゃん……。そんな人が背後にいるとか怖いんですけど……

 ってか、ここ何!? 戦闘狂に頭のおかしい警志隊の偉い人。三色ババアこと、このおばあちゃんも絶対強者。それに忍さんもきっと近くに潜んでいる。実力者がいっぱい……。ここは猛者達やべえ人たちのたまり場か!?


 マキは背後にやや気を回しながら改めて鞘伏達の様子を伺う。鞘伏とその下っ端風の男はまだ言い合いを続けていた。


「アンタそれはねえよ!」

「あ? お前これ以上グチグチ言うんなら、ケツに縦の割れ目入れるぞ?」

「いやそれは皆すでに入っているから!」

「あ、あのぉ……」


 二人が言い合っていたところに放心状態から回復した男達が尻もちを付いたまま割り込んだ。


「なんだよ? これは見世物じゃねえぞ?」


 鞘伏は高圧的な視線を向ける。


 ……いや、そのやり取りは普通に見世物でしょ。


「ヒィッ! す、すみません! とにかく、俺らを助けていただいたんですよね。ありがとうございました。では俺らはこの辺で……


 尻もちをついていた男達は一斉に立ち上がろうとした。


「おい。急に立ち上がると腹が開いちまうぞ?」

「えっ?」


 鞘伏の言葉を受け、男達はそれぞれ腹部に目を向けた。


「えっ!? な、なんで……!?」


 男達はそこで初めて、腹部に横一線の切れ込みが入っていることに気付いた。体もそこでようやく斬られたことに気付いたかのように、一気に血が染み出し衣服を赤く染め、男達はその場で吐血した。

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