第37話 戦闘狂

「あの、おばあ……じゃなかった、おばさま! どういうことか教えてもらえません?」

「ん? あぁ、わしがなんでこんなに情報通かということじゃな。それはのぅ……」

「いや、そこじゃなく……」

「弱ったのぉ。まずわしの経歴をどこから話せば良いものやら……」

「あ、いや、そういうことじゃ……」

「お? あぁあぁ。ここの団子がなんでこんなに美味いかということじゃの。それはなぁ……」


 このおばあちゃん。人の話全然聞かない……


「いや、あの、だからそんなことじゃなくて――

「そんなことじゃと?」


 なんでそこはきちんと反応するの!


「あ、すみません。私が聞きたいのはさっきの男の人がどうして危険かってことの意味です!」

「ああなんじゃ、そっちかぁ。それならそうと言わんかいな!」


 どう考えてもそっちでしょ!


「あの男の気迫を感じてすぐ気付いたよ。あれは斬原きりはら 龍刃りゅうじんじゃよ」


 ん? 誰それ? 有名な人?


 マキは特にピンときていない。


「はぁぁぁあ!?」


 名前を聞いた客達が椅子も引かずに立ち上がり、後ろにのけ反った。


「う、嘘だろ……!? 俺らそんな奴と一緒の飯食っていたのかよ……」

「斬原って、あの斬原だよな……。俺らよく無事だったな……」


 客達は急に息を切らし目をビクビクさせる。

 状況が吞み込めず一人置いてきぼりにされたマキは困り果てて手を挙げた。


「あ、あのすみません。斬原って人は何者なんですか?」

「ばっ、バカ! お嬢ちゃん! 呼び捨てにしちゃダメだろ! もし聞かれてたら大変なことになるぞ!?」

「そ、そうだよ! 今僕らが無事なのは奇跡みたいなもんなんだ! 幸いなことに僕らには目もくれてなさそうなんだから、どっか行くまで黙ってやり過ごすんだ!」

「え、あ、なんかごめんなさい」


 マキは釈然としないままとりあえず謝罪した。


 なんなの? どんな人よ……。てかアンタらもさっき呼び捨てにしてたじゃん! なんで流れで謝らされてるのよ。


「おいお主ら。このお嬢ちゃんは若いんじゃし、知らなくて当然じゃて」


 店主の老人はマキに近寄る。


「話を聞いて腰を抜かさんのなら教えてやるが、どうじゃ?」

「ここまで来たら気になって仕方がないので教えてください!」

「斬原 龍刃っちゅうのは、言うなればこの国のお偉い軍人さんじゃな」

「あ、皆さんが恐れていたのはあの人が軍人だからってことなんですね!」

「それは違うよ!!」


 客達が目を大きくして強く否定する。


「え?」

「落ち着かんか、腰抜けどもがぁ。全く違うって訳でもないじゃろが。実際、奴は国防軍の白兵部隊長。それだけで十分恐ろしい存在とは言えるじゃろ」

「良く分かりませんが、とりあえずめちゃくちゃ強そうな人ってことは分かりました!」


 軍がどうのとか言われても農民の私には関わりがなくて良く分からない。


「じゃが、アレの真の恐ろしさはそこではない」

「と言いますと?」

「お嬢ちゃんは十二年ほど前に起きた戦争のことは知っておるかのぅ?」

「私がまだお腹の中にいた頃に戦争が起きたっていうのは昔お母さんから聞きました! ポルツって国とですよね?」

「そうじゃ。奴はその戦争で名を馳せた武人でな」

「やっぱり強い人なんですね!」

「戦績ももちろん凄かったんじゃが、それ以上に……」


 店主の老人は皺でたるんだ目をキリッと大きく開く。


「笑いながら人を斬りまくり、武人達からも鬼だの何だのと恐れられた男じゃよ」

「お、鬼……」


 悪魔なら知っているけど鬼までいたとは! ……悪魔に心読まれたりしてないよね?


 マキは店主の真剣な態度に少し身構えるも、そこまで恐怖心は芽生えなかった。


「だから、皆さんも恐れているんですか?」


 笑いながら人を斬るっていうのは確かにやばい。そりゃ怖いは怖いけど、何かされた訳じゃないのに怯えるほどか? むしろ無表情で淡々と斬りまくる人の方が私にはよっぽど怖いよ。


「怖いに決まっているさ!」


 少し血の気が戻った客の一人がマキに強調する。


「彼は笑いながら斬りまくったんだよ!? それも敵味方関係なく……」

「え? 敵味方関係なく……?」

「あぁそうだよ。僕も戦争に出た訳じゃないから聞いた話だけどね。彼は目の前にいる人を手当たり次第斬りまくって気持ちよさそうに笑っていたらしいんだ。何考えているか分からないだろ!? 目が合っただけでも何されるか分からねえ。そんなのが近くにいたら怖がるのは当然だ!」


 言い終えた客は呼吸するのを忘れていたかのように大きく息を吸った。


「奴は戦場で性格が豹変したとも言われておる。返り血を浴びながら狂喜する様は血の味を覚えた獣だのと散々言われとったのぅ。それで付いた異名が『戦闘狂』じゃよ」

「それは確かに恐ろしい話ですね……」


 返答したマキだが未だ解せない表情をする。


 ホントにそんなヤバい人なのかな? 目が合っただけでマズいなら、二回も目が合った私は多分死んでいるだろうし。なんで目を向けられたのかは謎だけど。私が絶世の美女とかなら分かるけどさすがにそこまで自惚れてはいない。

 それに斬原って人はチンピラ達からおばあちゃんを守るために動いたように見える。ただの狂人だったらそんなことしないよねきっと。というか、そんな人は団子屋で呑気に団子食わないんじゃないの? カオリちゃんのような本物を目の当たりにした身としては判断材料がまだ足りない。

 カオリちゃんはまさしく豹変した。けどあの人はそれとはちょっと違う気がする。てかそもそも狂人だーっていう話だって、人から聞いただけでは分からないでしょうに。とにかく様子を見てみたい。


 マキは多少の怖いもの見たさもあり、店の出入り口からひょこっと顔を出す。店主の老人のマキに続く。

 外では斬原の前に二人が尻もちをついて息を荒げ、一人が背後で膝を笑わせながら立っていた。


「て、てめぇ。一体どうなってんだよ!」

「ああ?」

「なんでこっちが殴ってんのにピンピンしてんだよ……」

「……ば、化け物かよ」


 マキは一度目をこすった。


 ん? 斬原って人が殴られていたんだよね? 殴った側が尻もちつくことある!?


「あん? そんなもん、お前らがただザコなだけだろうが。寝ぼけたようなことばかりしやがって。ザコに用はねえ。とっとと失せろ!」

「んだと! うっせぇ死ねやぁぁぁあ!」


 斬原の背後にいた男が震えながら刀を抜いて飛びかかる。


 あ、危ない!!


――マキが声を掛ける間もなく男の振り下ろした刀は斬原の背中に至った。


 服は破れ、刀に血が伝っているが、斬ったはずの男が腕を震わせて一歩後ろに下がる。


「な、なんでだよ……。おかしいだろぉ! 俺は本気で振り下ろしたんだぞ!? なんでほとんど斬れてねえんだよ!」

「ああ? そんな腑抜けた打ち込みで殺れるわけねえだろ? バカにしてんのか? ちぇっ。ったくしゃーねえなぁ」


 斬原はニヤリとした。


「特別に斬り方ってやつを教えてやるよ」


 斬原は刀を抜き、笑いながら男に近づいていく。


 あ、ダメだ。間違いない。この人はヤバい。


 マキは顔を引きつらせた。

 男は斬原の笑顔に当てられ腰を抜かす。


「いや、あのっ。ゆ、許してください……」

「せっかく教えても、そこで死んじまったら教える意味なくなっちまうからよ。せいぜい死なねえように気張れよ」


 斬原が男を見下ろし、ニヤリとしながら刀を振り上げた。


「ちょっと待てゴラァァァッ!!」


 だ、誰か来た!?


 叫びと共にどこかからすっ飛んできた男は、刀の柄に手を乗せ、尻もちをついたままの男二人の横を縫うように抜けると斬原の背後へ飛びかかった。

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