第50話 望まぬ再開
私は今、天国にいる!!
マキは無言で笑みを浮かべる。
ごみとして捨ててある本なら拾ってしまえば読み放題。でもここは本が棚に綺麗に並べられている! そしてこの中から好きな本を読んで良いときた。こんなことが許されていいのか! さ、最高じゃないか! ここは本の街なのか!? キセン最高……。
色々分からない部分も多いけど、この街なら住みたい! いやいや感傷に浸っている場合か! 少しの時間も無駄には出来ない! 読みもしないで立っているだなんて、図書館に失礼だ!
根拠のない義務感を抱き、マキは本棚を食い入るように見つめる。
意味の分からない言葉も多い。忍さんが言っていた通り、言語が少し変わっているんだ。でも全部じゃない。私でも読める本もたくさんある! 分からない言葉だって、なんとなく読んでいれば意味も掴めるだろうし、そのうち覚えられるはずだ! これから毎日通おうかな。もう剣術大会なんてどうでもいいんじゃない? 忍さんに見つからないようにこそっと来よう! 目を盗めるか自信はないけど、やってみなけりゃ分からないでしょ! ダメだったとしても何度だって挑戦してやるもん!
決意を固めたマキは、とりあえず手元にあった本を取り出し、空いている椅子に腰かけるとすぐに読み始めた。
なるほど、これは恋愛小説だ。私には無縁すぎてあまり興味もない。まぁでもせっかく読み出したんだし、最後まで読もう。大丈夫。いくらでも本はあるんだ。早く読まなくたって、逃げたりしない。
――マキは世界観に没入とはいかないものの、黙々と手に取った本を読み進めていた。自分の世界に入りきっていたマキの集中を削ぐ、低い鐘の音が響く。
ふゅいっ!? びっくりした。誰? いきなり鐘を叩いたのは!
マキは周りをキョロキョロと見るが、鐘を鳴らしている人物は見当たらない。
おっかしいなぁ。本を読んでいる人しかいない。他の人は気にならなかったのかな? でも明らかに近くで鳴ったはずだ。時間を知らせる鐘だったら外で鳴らすはずだし。あれ? そういえばここに来てから時の鐘なんて鳴っていたっけ? お?
時の鐘のことを考えたマキが視線を上に向けると、窓際の壁に木でできた箱が据えられていることに気付く。木箱の上半分に白い円形の枠があり、縁に沿うように数字が等間隔で並び、円の中心からいずれかの数字を差すように針が伸びている。木箱の下側には振り子がぶら下がっていた。
あぁ! これが時計ってやつか! まさに今読んでいた本で出てきていた物! こんなにすぐ出くわすとは。と言うことは、この時計が鐘を鳴らしたのか。人が鳴らさなくても鐘が鳴るなんて、なんだか恐ろしいね。
鐘の音に最初は驚いたマキだったが、その後二度鳴るも一切気にせず、黙々と読書を続けた。
ふぅ~。興味ないと思っていた恋愛小説だったけど、結局気付いたら上中下巻全て読んじゃったわ。中々面白かった。特に主人公の女の子が恋する男。冷静で無口な性格のくせに、主人公に好意があるのバレバレだったし。あんなんで主人公が気付かない設定はさすがに無理あるでしょってくらい分かりやすかった。どこかの誰かさんとは似ても似つかない性格だったね。あれ? そういえば時計の鐘って鳴ったっけ?
そこで初めてマキは自分が長居していることに気付いた。
えぇ? 知らないうちに一刻も経っていたってこと!? あ、時計の読み方でいけば二時間か! って、そんなことはいい! ほんと一瞬で時間すぎたよ? これは、魔法? と、とにかく!
マキは読んだ本を棚に戻すと、足音を立てないように気を付けながら、小走りで図書館から出た。
忍さんは……、いない。あぁ良かった。まだどこかに行ったままだ。冷静になってみれば、忍さんの用事が済んでいれば私の居場所なんてすぐに見つけて来ていただろう。しまったな。もう一回図書館入ろうかな? でもなんか、一回出てからまたすぐ戻るのは恥ずかしい。仕方ない。ぶらぶら時間をつぶすか。お金ないけど。
マキは目的もないまま手持ち無沙汰で街を歩き出してすぐ、背後から声をかけられた。
「あれ~? マキちゃんじゃない? ひさっしぶり~」
「へっ!?」
いきなり声をかけられたマキは勢い良く後ろを向く。
「え? あ、あなた…………あぁ!」
マキは表情とがなり声で不快感を露にする。
そこには見覚えのある、マキにとって良い思い出のない男が笑顔で立っていた。
「あああ、私を拐った人」
「おいおい~。公衆の面前でいきなり物騒なこと言わないでよ~。誘拐しちゃうぞ?」
冗談交じりの軽い口調で言う男に対し、マキはそっと一歩後ろに下がると、限界まで気を張り男の挙動を警戒する。男が軽く手を挙げただけでマキは素早く反応した。
「いやいやいや~、そこまで警戒しなくても良いよ?」
呆れ顔の男が諭してもマキは一切警戒を緩めない。
「冴えない見た目、高いとも低いとも言えない身長。緊張感のない怠けた話し方。間違いない。あの時の人!」
「……めちゃめちゃ言ってくるじゃん。警戒するんだったら相手を怒らせないようにしなきゃ! 俺は別にいいけどさ~。それにしてもさすがに警戒しすぎじゃない? どうしたのさ?」
「警戒するに決まっています。凄みがないように見えて、忍さんを欺くほどの人ですから。それにどうやら警志隊もあなたを追っているようですし」
「また悪口言ったな~! でもそうか、俺は警志隊にも目付けられているんだね~。やだね~、有名になるのは良いことばかりじゃないわけか~。でもさ、俺が警志隊に狙われているってどこで聞いたの? 言っちゃって良かったの、それ?」
男は半笑いで言う。
「あっ……」
マキの集中が少しだけ途切れる。
しまった! 余計なことを言ってしまった。まぁでも警志隊嫌いだし、いっか。……鞘伏って人には申し訳なかったかもしれない。今度会ったら謝ろう。
「ん~、ま~、別に良いんじゃない?」
マキが言う前に男が言い出した。
「警戒されようがどっちみち逃げるだけだしね~。追っていることがバレようがバレまいが、捕まらないから一緒だし~! それよりも……」
男が意地の悪い笑みを浮かべる。
「ちなみに今ちょっと警戒緩んでいたよ~?」
「なっ!?」
言われてすぐ気を張るが、そんなマキを男はからかう。
「前会った時よりたくましくなっているね~。あれからあんまり経っていないのに感心するよ~! でもね、まだまだだよ~? さっきの間があれば、そうだな~、例えば……、ほら。この石を投げつけることも出来た!」
男は足元に転がっていた小石を拾うと、手の上で跳ねさせる。
やっぱりこの人は危険だ……。
男はあくまで軽い口調で話し続けるが、マキは緊張で冷や汗を流す。
「おいおい、この気温で汗をかくなんてどれだけ緊張してるのさ~。大丈夫。何もしないから~。今日会ったのは偶然だよ~。あの赤髪に組織潰された後だって、ちょっとした仕事はあったけど、今はぶらぶらと遊んでいるだけだし、そもそもマキちゃんを拐ったのだって、当時入っていたあの組織から言われたからだし」
男はまだ、暇を持て余すかのように緊張感なく小石を投げ続ける。
何とかしてこの人から逃げたい。けど、この人からは逃げられる気がしない。相変わらず緊張感のない態度をしてくるけど一切侮れない……。
「あ~、そういえば……」
男は小石を投げながら、何かを思い出したように呟いた。
「前の組織の
――男が呟きながら投げた小石が宙を舞った時、風を斬るかの如く駆けてきた刃が男の首元に迫る。
スパッッッン!!
赤髪の忍の鋭い一刀は男の首を捉えたかと思われたが、そこには真っ二つに割れた小石があるだけであった。男は赤髪の忍の頭の少し上に移動しており、刀を躱していた。
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