第49話 文明開化の予感

 マキは居心地が悪そうに、ハンバーガーを両手で持ち、ちびちびと口に運ぶ。


 あーっ、恥ずかしいわぁぁぁ。ばっかみたい。でも、あぁ、はんばぁがぁ、おいし。この感動を全身全霊で表したい! でも恥ずかしい。


 伏せ目で赤髪の忍を見るマキ。赤髪の忍がもう自身を観察していないことを確認すると食べる手を止めた。


「……このはんばぁがぁ、とっても美味しいですね」

「そうか」


 マキは自身にとって居心地の悪い雰囲気を変えようと画策したが見事に玉砕される。


「……し、忍さんもそう思いません?」

「知らん」


 えっ? 『知らん』って何!? こんな美味しい物を食べておいて! 私にとってはまぁまぁ衝撃走っているくらいなのに! この人には感動とかそういった感情はないのか!? あっ、ないわ。


 吹っ切れたマキは普段の調子を取り戻した。


「私はとっても好きですよ。このはんばぁがぁって食べ物!」


 マキは満面の笑みで軽々平らげた。


「そうか」


 赤髪の忍は話しかけられたら自動で返答するかのように無機質な返事を続けた。


「ごちそうさまでした! とっても美味しかったです! 私のせいでお皿を割っちゃいましたよね? すみませんでした!」

「……ど、どうもぉ」


 マキはご機嫌な様子で店を出ていった。彼女の感情の起伏に最後まで順応出来なかった店主は戸惑いながらも、無言で彼女に続いていった赤髪の忍が多めにお金を置いていったことに気付いた。



「いやぁ、美味しかったですー。まだ余韻が。余裕でまだまだ食べられる気もします!」

「そうか」


 ご機嫌状態継続中のマキに、赤髪の忍は淡白な返事を続けた。


「あれ? さっきから『そうか』しか言っていなくないですか!?」

「そうか」

「あ! また言った!」


 さっきまでご機嫌だったマキが一気に膨れっ面になる。


 ……さすがに感心無さすぎじゃない? こっちが何言っても『そうか』しか返す気ないでしょ、これ。さすがに冷たくない? 何か考えていて集中しているとか? でも忍さんが一つのことにしか目を向けられないなんて考えにくい。そういう不器用な人ではないはずだ。だとすると何だ? もしや私ごときに脳を使うのやめたとか!? こうなったらちょっと試してみないと。ふんっ。


 マキは赤髪の忍の反応を期待して不敵な笑みを浮かべた。


「忍さんはこれから、私の言う事には何でも従ってもらうってことで良いですか?」


 ふっ。勝った。無関心な忍さんはそのまま返事するはず。忍さんに私の怖さを分からせる絶好の機会になったのだ! 泣いて詫びろ!! 私をぞんざいに扱ったことを後悔するがいいさ! ガハハハハ!


「何を言っているんだ?」

「なっ!?」


 マキの目論見は呆気なく看破される。


「な、なぜ……?」

「何がだ?」


 マキは驚きを隠せない。


「だ、だって。さっきまで私の話なんか聞かずにテキトーに返事してたじゃないですか! だから、いけるかなって!」

「ん? いや、聞いてはいたぞ?」

「え? そうだったんですか!? よ、よかったぁぁぁ……、え? あれ?」


 マキは意外と冷静に考えることができた。


「え、それ。つまり話を聞いていながらテキトーに返事してたってことでしょうが!」


 マキは再び膨れっ面になり地団駄を踏む。


「ひどい! ひどい! ひどすぎる! 私をぞんざいに扱うなー!」


 マキの不満をひとしきり聞いた後、赤髪の忍は口に手を当て、考える仕草をした。

 その行為にマキは少し意表をつかれ、赤髪の忍が次に何を言うのか想定できずに生唾を飲む。


「マキ」

「は、はい?」


 緊張感に飲まれかけるマキ。


「俺は少し別のところを見に行ってくる」

「なっ!? えっ」


 マキはあまりの拍子抜け具合で、歩いてもいないのにつまづきかけた。


「な、なんで今? さっきまでの話からどうしたらそうなるんですか?」

「マキが気にすることではない。こっちの話だ」

「いや、こっちの話でもあるんですけど。結局ぞんざいにされているんですから」

「俺がいない間、好きに過ごしていろ」

「どこまでもガン無視ですね。その芯の強さ、何なんですか」


 じっとり赤髪の忍を見るマキ。すぐにハァーっとため息をついた。


「さすがに今はお腹いっぱいですし、好きにって言われてもこの街全然分かりませんし」

「ふむ。では、確かマキはよく本を読むんだったな?」

「それがどうしたんです?」

「本の読むのに適した場所がある」

「も、もしかしてお金くれるんですか!? で、本のお店があるってことですね!? それともいっぱい本が捨ててある場所でも見つけました!?」


 グイグイとマキが迫っていく。


「金が欲しいならやるが、金がなくても本が読める場所だ。わざわざ拾う必要もない」

「またまた~、そんな上手い話が」

「図書館という施設だ。マキが寝ていた間に通りかかった。行きたければ行けば良い。行きたくないならそれまでだ。どうでもいい」


 おぉい! 最後の言葉よ!! 悪意がある! 相変わらず私が寝てたみたいな言い方するし! アンタに殺されかけてたんだよ!


 マキは心の中で叫び続ける。


「……ま、まぁ、せっかく忍さんから提案いただいたんで、あまり期待出来ませんが行ってみますね」

「そうか」


 あぁー! 絶対興味ない時の返事!


 むくれるマキを無視して赤髪の忍は姿を消した。

 いきなり姿を消したことには特に驚くこともなく、マキはぶーぶー言いながらちょぼちょぼ歩き出す。


 絶対その内見返してやる! 忍さんの裏の裏の裏ぐらいかいてやる! ……そんな日は来るのかなぁ。


 やるせない気持ちで慣れない石畳の道を歩くマキ。


 そもそも図書館というところがどこにあるかも分からないし、もしかしたらそれすら騙されているのかもしれないし。


 マキは慣れない環境と、慣れていても打ち負かせられない赤髪の忍の存在とで漠然とした不安に駆られる。

 ぼんやりと辺りを眺めたりしながらゆっくりと歩き続けていたところ、不意に横を向いたマキの目に、図書館の文字が書かれた銘板が映った。


「キセン公立図書館」


 マキは立ち止まり、改めて光沢のある石製の銘板を確認した。


 危なっ! 普通に通りすぎかけた。建物ばっかり並んでいるから全然分からなかった。改めて見ると、この図書館は周りの建物より大きくて立派だ。あんまり期待出来なかったけど、ちょっと緊張してきた。


 微かにそわそわしながら、マキはゆっくりと扉を開ける。


「なっ……!?」


 目を見開き、思わず口を抑えるマキ。扉を開けた瞬間に漂ってきた紙の香りに鼻を刺激され、間髪入れずに今度は壮大な空間に目を奪われた。


 ななな、なっ。なんだここは!? 本が至るところに!? そ、そんなバカな!


「どうかなさいましたか?」


 挙動不審なマキを見て、係員と思われる男が声をかける。


「あっ。あの、えっと」


 驚いている上にいきなり話し掛けられたマキは要領を得ない返答になる。


「この施設は初めてですかね? キセン以外からみえた方でしょうか?」

「はっ、はいぃ」


 緊張のあまり、マキは少し上擦った声を出す。


「ですと、館内の本を借りていただくことは出来ず申し訳ありませんが、館内であれば好きな本をお読みいただけますので、ぜひごゆっくりお過ごしください」

「で、でも私、お金が……」

「こちらの施設は無料でご利用いただけますのでご安心ください」


 係員は笑顔で丁寧にお辞儀して離れていった。


 こ、こんなことがあっていいのか!?


 周りの雰囲気を見て大声は出さなかったが、マキは心の中だけで飛び上がった。

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