第48話 魔性のお味
平然と聞き慣れない単語を発する赤髪の忍にマキは動揺を隠せない。
「今忍さん何て言――
「これを二つ貰おう」
マキを放置し、赤髪の忍は紙に書かれた字を指差し店員に目を向けた。
「か、かしこまりましたっ!」
無言の圧を感じたのか、店員は不機嫌そうなマキの顔を一瞥してそそくさと厨房へ向かっていった。
「ちょ、ちょっと忍さん! 無視してないでちゃんと教えてくださいよ!」
不機嫌さを醸し出していた雰囲気を投げ捨て、困り顔でマキは尋ねる。
「何をだ?」
「だから、さっき言った言葉ですよ! 『じゃ何とか』ですよ!」
「じゃ何とか?」
赤髪の忍は一瞬だけ瞳を右斜め上へ向けた。
「ああ。ジャンクフードのことか」
「それそれ、それですよ! それしかないですよ! そう、じゃ……、ん? なんか足されてない? じゃ、じゃんくふうど? 何なんですかそれは!」
「そうか。マキなら知らなくても無理はない」
赤髪の忍に嘲笑うように言う素振りはなかったが、マキは彼の言葉に少しムッとする。
「もう、イチイチそういうのはいいですから! 何なのか分かるように教えてください!」
「簡単に言うと、マキが知らない言語だ」
「いや簡単すぎるから! だーかーら、私は知らないから聞いてるんですよ! そんなの当たり前です!」
そうやってすぐおちょくろうとするよね、忍さんは!
「ふむ。まあ要するに、ムサシは国土が広い。それはなぜか。理由は簡単だ。ムサシは他の国を侵略しながら国土を広げていった国だからだ。そうなれば当然地方によって言語や生活様式諸々が少しずつ違っていたりする。不思議と言うべきかは知らないが、侵略を進めていった割にムサシは異なる文化に寛容なようだ。まあ寛容と言うよりは、単に見下し精神による不干渉なだけかもしれないが。とりあえずそういった事情もあり、言葉を始めとして同じ国内でも多分に違いが出てくるという訳だ」
「同じ国なのに言葉が違うだなんて全く知らなかったです……」
「そのような違いが食文化にも見受けられるということだ。まあすぐに分かる」
「は、はあ……」
無知を晒されたような気持ちに陥ったマキはしんみりと少し下を向く。だが赤髪の忍の言葉通り、マキはすぐにその片鱗を覗くことになった。
お盆を持った店員が二人の前までやってくる。
「お、お待たせ、しましたぁ」
マキの変わり様に少し困惑しながらも、店員は二人の目の前に籠をそっと置く。
「こちら、ご注文のハンバーガーセットポテトです。ごゆっく……り?」
店員の言葉が止まる。眼前の籠に焦点が合った瞬間、マキの瞳孔がうごめいた。
「なっ、なんじゃこりゃ!?」
「ひぃっ!」
いきなり立ち上がったマキにひるんだ店員はすぐに厨房へ引っ込んでいった。
マキは恐怖体験でもしたかのように唇をブルブルと震わせている。
「今店員が言った通り、ハンバーガーというものだ」
「そんなことは分かっています」
表情はさっきと変わらず、手は指先をカクカクとさせているが、ハンバーガーから視線を移すことなくマキは冷静に反応した。
「まずは座れ」
「はい」
返答だけは冷静なマキ。一度腰掛けるが視線は一切ハンバーガーから外さず、カクカクさせていた指を今度は下唇に当てて振動させる。
「こ、これは一体……」
「ハンバーガーだ――
「それは分かってます」
マキはいつもより早口で食い気味に返答する。
「ハンバーガーは牛か豚、若しくはその両方を細かくして捏ねた物を焼き、麦から出来たパンという物で挟んだものだ。付け合わせとして、じゃがいもを油で揚げた物が添えられている。付け合わせとしては定番の物だろう」
「な、なるほど! 要するにそぼろの塊を麦の塊で挟んだ訳ですか。なんつーことをしてくれやがるんだ!」
冷静なのか舞い上がっているのか分からないマキは口調までおかしくなりだす。
「どうした? 食べないのか?」
一向に食べようとしないマキを心配したのか不審に思ったのか、赤髪の忍はマキを見つめる。
「いやちょっと……」
「マキなら出てきた瞬間に手を出すと思っていたが」
「それはとても失礼な発言でございますよ」
相変わらず早口のまま妙な口調で返答するマキ。
「その奇妙な口調は何だ? 食う気がないのなら俺がマキの分も食ったって良いが」
そう言い、赤髪の忍はマキの目の前にあるハンバーガーに手を伸ばす。
――パシッ!
神速の一手が彼の進行を塞き止める。
「それには及びません」
赤髪の忍の手を捉えたマキはようやくハンバーガーから視線を外してじっと見る。
「食いたいのなら食えば良い」
赤髪の忍は伸ばしていた手をスッと引いた。
「不要な心配をおかけしてしまいすみません! しっかりと心の準備をしてから食べないとマズイことになるんじゃないかと思って集中していました。でも冷めたらもったいないですからね!」
「そうか」
「では心して、いただきます!」
マキはまず一度喉を鳴らした後、両手で何とか持てる大きさのハンバーガーを恐る恐る口元へ運ぶ。
おっきいなぁ。かぶりついて顎外れたりしないか心配になる。でも近距離でこの匂いを嗅いでしまうと今更怖気付いてなんていられない! ここまで来て理性で抑えるなんて無理でしょ!
仰々しい覚悟を決めたマキは目を閉じ限界まで口を開いてハンバーガーにかじりついた。
「な、なっ、なんじゃこりゃぁぁぁあ!?」
マキは目を見開き立ち上がる。その勢いで椅子の足は床を引きずりギッと野太い音を立てた。突然のマキの奇行に驚いたのか、店員は手に持っていた食器を厨房の床に落とし、目の覚めるような乾いた音が店内に響く。
「ひゃっ!? えっ? あっ。……ふひませんでひた」
皿の割れる音で我に返ったマキは罪悪感に苛まれ、頬張ったハンバーガーを飲み込むこともままならないまま椅子を引き寄せるとちょこんと腰掛け、小さく丸くなる。
「……あ、いえ。こちらこそ大変失礼いたしました」
苦笑いを隠しきれない様子ながらも店員はマキを気遣った。
赤髪の忍は何も言わず、ただじっとマキを見る。彼女はその視線に耐えられず壁に目を向け、空気になろうとでも言わんばかりに咀嚼音すら立てまいと、ハンバーガーをまだ頬張ったまま彼からの視線が外れるのをじっと待つ。
徐々にマキの顔が紅潮していく。
店員は二人の雰囲気を察したのか、音を立てずにひっそりと割れた皿を片付ける。
息を止めたまま限界がきたかのように、遂にマキは視線に耐えかねてプルプルと硬直させていた顎をゆっくり動かしてハンバーガーを飲み込んだ。
「……あ、あの。さっきから何でじーっと見られているんでしょうか? とりあえず、いきなり発狂、みたいなことしてすみませんでした」
赤髪の忍は終始表情を変えることはなかった。
「マキが珍妙な動きをしていたからな。気が触れたのかと思い、念のため観察していた」
珍妙だなんて、ひ、ひどい。……でも否定できないか。
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