第47話 慣れない

「よくよく考えたら、キセンに着いてからわざわざおんぶに切り替えるだなんて、何かあったんですか? 忍さんにしては珍しいというか。そういうの気にするような人じゃないのに」


 マキは単純な猜疑心により、無意識で少し棘のある言い方をした。


「ここは人が多い。最初は気にせずマキを担いで歩いていたが、途中から妙に視線を感じ出した。その後おそらく誰かが通報したのか、警志隊に絡まれた。人身売買か何かだと疑われたようだ」

「えぇ! 私が眠らされていた間にちょっとした騒動になってるじゃないですか!」

「だが警志隊に、ただ運んでいるだけだと伝えたらすんなり離れていった」


 オイ! どこまでも荷物扱いだな! てか警志隊も警志隊で、どうせ忍さんからヤバい雰囲気でも感じて、関わったら面倒事になりそうだから手を引いたってところじゃん。どっちも腹立つな!


「何事もなかったとは言え、視線を集めるのは得策ではないから仕方なくおぶっていたというわけだ」


 明らかに視線を向けて軽く地団駄を踏んでいるマキを無視して赤髪の忍は話を続けた。その滑らかとも言える無視の仕方に慣れてきているマキは無反応を確認するとすぐ止めた。


「嫌々おんぶしていた感が半端ないですね……。さっきも言いましたけど、もうちょっとこう、女心をですねぇ。例えば、仮にそうじゃなかったとしてもずっとおんぶしていたよ~とかね」

「なぜそんな嘘をつく必要があるんだ?」

「うぐっ……」


 マキは目を閉じ、瞼をピクピクさせながらやや言葉を詰まらせる。


「だからですねぇ」

「だから、何だ?」

「だからその、あれですよ。そうやって言えば、私が喜ぶじゃないですかぁ」

「だからそれに何の意味があるんだ?」

「ぐぬぬ……」


 マキの意思を一切汲み取ることのない脊髄反射程の高速な返答に、彼女は顔を引きつらせ奥歯をキリキリさせる。


「今のは間違えました。私じゃなくて女の人全般で! それで、そういう意識を持つことで仕事の方にも優位に働くことがあるかもってことですぅー!」


 苦し紛れに捻り出したけどさすがに苦しいか?


「ふむ。なるほど。良く分からないが、そういうことならこれから気を付けることにしよう」


 いやそれ絶対分かってないよね!? どーやって気を付けるのか言ってみなさいよ! あぁ今のを口に出したい! でも言えない。


「まぁその、うん。そうしてください」


 諦めの境地に至ったマキは適当に返事をした。


 はぁ。なんだか疲れたわ。やたら疲れる。なんでだろって、あ。疲労の原因分かった。こんがらがっていて頭から抜けていたことが!


 マキは大袈裟にお腹をさする。


「忍さん。私お腹空きました。よくよく考えたら昨日の朝から何も食べていないので」

「確かにマキは何も食していないな。言い出さないから全然減っていないのかと思っていたが。そもそも一日以上と言っても寝ていただけだしな」


 カッチーン! いっちいち一言多いな! まるで私がただグータラして一日寝ていたみたいな言い方されたけど、寝かされたんだからね? アンタがやったんだからね!?


 溜まりに溜まった不満が喉元まで出かけたマキだったが、グリグリと歯を食い縛り口を紡ぐことで何とか堪える。赤髪の忍に不満をつらつらと述べたところで徒労に終わるだけだとマキは良く理解しており、冷静だった。


「混乱することばっかりで頭使ったから空いたんですー! これはよっぽど良い栄養摂らないとダメですね! でもまずはとりあえず何でも良いからお腹に入れないと!」

「この街は俺も良く知らないからどういった食文化なのかも不明だ。マキが好きに選べ」

「食文化って、さすがに仰々し過ぎません? そりゃあ街並みは全然違いますけど異国って訳じゃないんですし、せいぜい付け合わせが沢庵なのかお浸しなのかぐらいの違いでしょう!」


 とにかく食事が取れれば良いと考えているマキはお腹の減り具合が気になることもあり、深く考えることもなく辺りを見渡す。


 うーん……、ん? ご飯屋さんはどこ? 似たような建物ばかりで、というかそもそも何の建物なのか分からないんだけど。見慣れない建物ばかりだし、歩いている人達も私が着ている着物と大分模様の違う着物を着ていたりする人もいる。そもそも同じ着物って言っていいのか分からないような気もするぐらい。同じ国なのに不思議だね。武人と農民との格差みたいにね。


 食事処を見つけられずやや困惑していたマキの目に、とある建物から出てきた小太りの紳士の姿が映った。男が開けた木の扉にくすんだ色の鈴が吊るされており、開閉に合わせて心地よい高音を響かせる。その様子を見たマキは目を見開き、赤髪の忍の袖をパタパタと叩く。


「忍さん忍さん! 今あのカクカクの黒い帽子を被った人が出ていった建物はご飯屋さんじゃないですか!? あの人、お腹擦りながら歯をシーシーしてるし、それに、なぜだかあの鈴が私を呼んでいるかのように聴こえたんです!」

「あぁ。あの建物は飯屋だろう。この街に限らず、ああいったは飯屋の扉に付けられることが多いからな」

「へ? べ、る?」


 今なんて? べるって何? あれは鈴だよね? 鈴の別称?


「ではあそこにする」

「えっ、あ、はぁ」


 少し戸惑うマキを他所に赤髪の忍が歩き出したため、とりあえず彼女も続いた。


 ベルを響かせ店内に入る。


「いらっしゃいませ~」


 そこにはマキが想像していた大衆食堂の風景はなく、非常にこじんまりとした空間があった。外観はくすんだ白い石壁であるものの、店内は壁に木が貼られ、木目調で統一されている。入ってすぐ手前に、マキには見慣れない丸みを帯びた机が一つ、同じく丸みを帯びた椅子二脚が対角に並ぶ。独立した机はその一つのみであり、他には壁から生える形で付いている机代わりの天板と椅子が数脚あるのみで収容人数は少ない。


「な、なんかこんな雰囲気のご飯屋さんは初めてです。本当にご飯屋さんで合ってますよね!?」

「今々、店員から声をかけられただろ?」


 空いていた丸い机のところの椅子に腰掛け、そわそわしているマキと対照的に赤髪の忍はどっしりと構えて冷たく言う。


「はいはいそうですね。その通りですよ」


 むくれながらマキも腰掛ける。


「そんなのね、『いらっしゃいませ』って声聞いた時点でだいたい分かりますよ、ええ。私が言いたいのはそういう事じゃないんですけどねえ」


 無視する赤髪の忍を余所目にブツブツ小言を言うマキ。そんな彼女を引き目に見ながら二人の席まで来た店員は、表情だけは柔らかさを作り、二人の前に一枚の紙を置いた。


 ……店員さんもそんな腫れ物を扱うような態度をしなくても。こんなの私達にとってはただ呼吸するのと変わらないぐらい日常茶飯事なんだから。で、置かれたのはお品書きかな。えーっと、ん? め、めにゅ表? 何これ? 変な単語が出てきたよ!?


「なるほど。ここはジャンク系の食い物屋ということか」


 め、めにゅってなんだ? んん? 今、忍さんもなんか聞き慣れないこと言ったよね!? じゃ……、なんて?

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