第46話 中核都市キセン

 ……あれ? 私何してたんだっけ?

 確か、剣術大会がある街が遠いからすぐ宿を出て、何か一日で行くとか忍さんが言い出して、それで……?

 うん? なんだか騒がしいなぁ。ん? なんかいい匂いがする。暖かいような。とっても安心するなぁ……、あれ?


 ゆっくりと目を開けたマキは、まだぼんやりしたまま普段の視線より高いことに気付く。状況が飲み込めない中、自身が何かに捕まっていること、更には視界の左端に見覚えのある赤髪が映っていることに気付き、カクカクと恐る恐る首を左に向けた。


 うぇええっ!?


 マキは赤髪の忍におんぶされていた。あまりの驚きで腹筋に力が入り、叫び声は自身で押し殺した。


「目覚めたか」


 ビクッとした動きでマキが起きたことに気付いた赤髪の忍は、今の状況を気にする素振りも見せず、顔を向けることもなく話しかける。


「ししし、忍さん!? な、何やってるんですか!? なんでこうなったんですか!? そもそも……って、んん?」


 あまりの動揺で周囲に気を配る余裕の無かったマキは、訳が分からず辺りをキョロキョロと見回したことで初めて、周りの景色に違和感を覚えた。

 マキの視界には彼女が知っている木目がくっきりと見える木造の建物が見当たらず、壁が石でできた建物が立ち並んでいた。

 窓には障子の戸がなく、吹きさらしと思いきや日光が当たった水面のように光が反射しているように見え、がそこにあるのだとマキは気付く。

 今度は地面に目を向けるマキ。今赤髪の忍が歩いている地面には石がびっしりと敷き詰められている。少し左にいくと同じ石畳でも途中で一段下がっており、その道を人力車や馬車が次から次へと行き交っている。そこでようやくマキは人の多さに驚く。


「ど、どこなんですか、ここ!? 確かキセンって街を目指すって言っていましたよね? うーんと、今はお昼ぐらいですし、キセンはまだまだ遠いから、お昼休憩で寄り道って感じですかね!」


 マキは驚きのあまり未だ処理が追い付いていない思考を何とか整理させ、落ち着こうとした。


「ここがそのキセンだ」

「そういうことですね! ここがキセンで……、はあああっ!?」


 処理能力を大幅に上回り、マキの思考が停止した。


「はっ? え? はぁ!? き、キセン!?」

「そうだ」

「ぃやっ、でも。さすがに冗談きついですよ~! もぉ」

「なぜ冗談を言う必要がある? ここがキセンだと言っている」

「だってそんな訳ないじゃないですか! 歩くと三週間はかかるって話で、それを一日で~とか言っていたじゃないですか。それがそもそもおかしな話ですけど、今なんて出発してから大して経ってないでしょ? さすがにあり得ないでしょう! それとも遠いって話が間違っていたってことですか?」

「いや、距離はおおよそ間違っていなかった」

「え? でもだって、今はまだ昼――


 マキの思考は一人置いてきぼりを食らっている。


「昨日の朝出発して、先ほど到着した」

「……は? え? あっ。それってつまり……」


 ようやくマキは状況を理解した。


「私は一日と少しの間、あなたに眠らされていたってことですね?」

「そういうことだ」

「『そういうことだ』じゃないですよ!」


 マキは突き飛ばすようにして赤髪の忍の背中から離脱した。


「な、何やってくれてるんですかぁ!!」

「だから眠らせたと――

「あぁーっ!! もう! だから、私はそういうことを聞いてるんじゃないんですよぉ!」

「どういうことだ? 全く意味が分からない」

「……はぁ。もういいです。忍さんに分かりそうもないことを言ったって仕方ないですからね」


 マキはわざとらしく盛大な溜息をつくが、赤髪の忍は何も反応しない。


「でも、一つ聞いてもいいですかぁ?」

「何だ?」

「きっとまた幻惑魔法をかけたってことでしょうけど」

「あぁ」


 ぎっ。平然と。


「前かけられた時は夜中だけだったはずです。あくまで寝ている私が起きないようにするだけだったと思います。でも今回は丸一日以上。前かけたものとは別物ってことですか?」

「なかなか良い質問だ」

「そりゃどうも」


 ふてくされた表情で応えるマキ。


 びっくりするぐらい嬉しくないんだけど。褒められてはいるのにね。まぁ単純な話、今の私は褒められたい訳ではないからだ。


「今回はマキを目覚めさせないことが重要だったからな」

「いや……。そこに重きを置かなくても良いでしょ」

「素早く、楽に、正確に運ぶためには重要なことだ」

「し、失礼な! まるで人を荷物みたいに!」

「そのために――


 無視かい!


 マキは睨みを効かせるが、赤髪の忍は気にせず続ける。


「前回はあくまで目覚めを阻害させる程度のものだったが、今回は確実に眠らせるため昏睡状態にさせた」

「なっ……」


 マキは言葉を失う。


「平気な顔して、何を……」


 光のない瞳でマキが問いかける。


「仮死状態まで持っていくつもりだった。そもそも二、三日は眠らせるつもりだったが、思いの他早く起きた。さすがの頑丈さと言ったところか」


 いや、だからさっきから全然嬉しくないんだけど! 仮死とか平気で言ったよ? 普通に殺されかけたんだけど。やばくね?


 マキは虚ろな目で走る馬車の列を眺めた。


「で、そんな忍さんはキセンまで私を運んで疲れていないんですかぁ? 結構な距離だったはずですし、あなたがやったとは言え、意識のない人は重くなるって聞いたことありますし。起きていれば、それはそれは軽かったと思いますけどね?」


 嫌味ったらしさ全開でマキは言う。


「全く問題ない」

「あぁ、そうですよね。意識なかろうが私は軽いんでね」

「その程度は重さなど、運搬する上で大した支障にはならない」


 おい! なんかまるで、重いけど大丈夫!みたいな言い方だな! それに運搬って言い方にめっちゃ引っかかったんだけど? それこそ本当に荷物みたいな言い方して!


「途中の山脈で休息を取ったが、もしその時マキが起きていれば、やれ野宿がどうの、やれ飯がどうのと騒ぎそうだったからな。おとなしくさせたからこそ短時間で運ぶことが出来た」

「ぐっ……」


 ……これ割と真面目にただの荷物と思われているんじゃ? いやただの荷物どころか、厄介な荷物として面倒くさがられている!? いや待て。ま、まだまだ結論は早いぞ私! なぜなら――


「でっ、でも」


 マキは一縷の望みをかけて赤髪の忍を見た。


「おんぶで運ばれていたってことは、かなり丁重に扱ってくださったってことですもんね~?」


 マキは返答を誘導させるような問いかけをする。


「おぶったのはキセンに着いてからだ。それまでは肩に担いでいた」


 こ、米俵状態……。あ、もうこれ荷物確定だわ。せめて嘘でもおんぶしていたって言ってほしかったなぁ。でも忍さんだし無理か。


「し、忍さん……」

「何だ?」

「もうちょっと、その、女心とか分かった方が良いですよ……?」

「なぜだ?」


 最後の抵抗をするマキだったが、赤髪の忍の真っ直ぐな視線に耐えられなかった。

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