第58話 さすがに

――うまぁぁぁい! この街サイコー!!


 路地裏での出来事が嘘のように勝ち誇った表情をするマキ。路地裏の一件後、マキは本日二度目のハンバーガーを味わっていた。


 お、美味しすぎる!! 何これホントに! 初めて食べた時の衝動がまた!?

 あのクソガキ共のことはもう忘れた! これが食の力なのね! 素敵! 世界を救えるよ!


 マキは満面の笑みで軽々平らげた。


「ごちそうさまでした! 私これなら毎日でも食べられますよ!」


 赤髪の忍は特に反応せず黙々と食べ終えた。反応されなかったマキだが、お腹も心も満たされご機嫌だった。


 はんばぁがぁ、良すぎる! 素晴らしすぎる。 こんな食べ物と今まで疎遠だったなんて……。まぁ、そもそも食べ物とは割と疎遠気味ではあったけど。自分で作っているのにね……。

 それは置いておいて、はんばぁがぁという馴染みのない名前の食べ物がこれほど美味しいなら、他の聞き慣れない名前の食べ物だって絶対私の舌に合うはず! それなら!


「忍さん! 私はこの街の食文化にすごく興味があります!」

「そうか」

「なので、この街? この近辺? どっちでもいいや! まずはこの、聞き慣れない言葉を覚えたいです!」


 そして素晴らしいご飯を食べたい!! 言葉を覚えずに味わおうなどというのは失礼な話だしね!


「確かにそれは必要なことだな」


 マキは口角を上げる。


「ありがとうございます!」

「ならば明日からの鍛練に、その要素も取り入れよう」

「ん?」


 マキの口角が定位置に戻る。


「明日からは鍛練に加え、剣術大会との関連の有無は置いておいて、仕事の依頼探しだ」

「は、はぁ」


 話が飲み込めないまま、マキはとりあえず頷いた――



「日が落ちてもすっごく明るいですね~!」


 マキ達は腹ごしらえを済ませ、賑やかな通りを歩いていた。


「以前の宿場町も凄かったですけど、ここは本当に明るいですね! 人が多すぎるのがやや難点ですけど」

「……」


 赤髪の忍はマキの話には一切反応せずに歩き続ける。


「あの」

「……」

「しのび、さん?」

「なんだ?」


 呼び名にはさすがに反応する赤髪の忍。


「……やっぱり、眠いですか?」


 首を傾けてマキは尋ねる。


「特段眠いということはない」


 いや絶対眠いでしょ。


「いや、でも、ほら。いつもより私の話に無関心というか……。ま、まぁ常に関心なんてないかもしれませんけど」


 自分で言っていて悲しくなるなぁ……


「と、とにかく。忍さんでもさすがに~」

「別に、反応する必要がないと思っていただけだ。聞いていなかったが、そんなに内容のある話だったのか?」

「むっ……」


 その言い草はない! さすがにない! えぇそうですよ、所詮私は中身がスッカスカな話しか出来ないつまらない女ですよぉーだ。


 マキは頬をパンパンに膨らませる。


「えぇえぇ。つまらない話しかしていないので反応しなくて正解ですよ。そんなことより、泊まる場所決めましょ。もちろん野宿は嫌ですよ?」


 ふてくされたマキは睨みを利かせて牽制する。


「俺は別にどこでも良い。マキが決めろ」

「なら」


 マキは目を細めながら周りを見渡す。


「じゃあ、あそこで」


 力強く指差した先には、周りから頭一つ抜けた高さの建物があった。


「宿なのか分かりませんけど、なんとなく宿っぽいのであそこにしましょう」


 目を細めたまま、マキはニヤリとする。


「ふむ。確かにあれはホテルだから宿屋で合っている。では行くぞ」

「えっ、あ、あれ……」


 細めていた目が一杯に開かれる。


 え、いやっ、嘘でしょ? 嘘と言ってよ! ねぇ!


 マキは手で口を覆い、丸くなった目をピクピクさせる。


 ちょっとした出来心というか、ムッとしてたから、意地悪してやろうと思っただけなのに……。ほ、本気にされてる。ど、どうしよう。冗談のつもりだったから、何か凄そうな建物選んじゃったんだけど。え、ホントにどうしよう。めっちゃ高そうなんだけど。


 赤髪の忍は壮大な雰囲気を醸し出す建物の入り口へ堂々と向かう。オドオド震えるマキは、赤髪の忍の後ろに隠れるようにしてチョボチョボ歩く。


 ヤバいヤバいヤバいヤバい……。本当に入るの? やっぱり違うところにって、振り返ったりとかしない?


 マキはズンズン進む赤髪の忍の着物の端を摘まんでみるも、歩みが止まることはない。


 ど、どうしよう。こんなはずじゃなかったのに……


 冷や汗を垂らすマキ。引き返してほしいマキの期待虚しく、赤髪の忍は扉を開けた。


――ま、まぶしい……


 外より一層煌びやかな空間に思わずマキは顔の前に手をかざす。


 こ、ここはまずい。本当に高いところだ! 良く分からなくても私の直感が猛突進してくる! なんでこんなに明るいん? なんで石が光ってるん!?


 血の気が引いたマキの前にいた赤髪の忍が急に立ち止まる。


 え!? 忍さん? ま、まさか! ようやく忍さんもここのヤバさに気付いたんじゃ!? よし、引き返そ! 早くそうしよ!?


 困惑しながらも少し口角を上げるマキ。


「や、やっと分かってくれたんですね。ここは出ましょ! さっきのは私が悪かっ――

「マキはここにいろ」

「え?」


 キョトンとするマキを入り口近くに残し、赤髪の忍は受付の方へ向かった。


 輝かしい空間の中、一人だけポツンとただ途方に暮れるマキ。


 え、忍さん? 本当に泊まる気!? こんなところに!? 嘘だよね? 嘘って言って!


 室内の輝きが全て罪悪感に思える程居心地の悪さを感じながらマキが待っていると、赤髪の忍はスタスタとマキの元まで戻ってきた。


「フロントに確認したが、最上階しか空き部屋がなかった」

「ふろっ? ん? いや、そんなことはいいや。良かったぁ~。最上階って多分きっと一番高いお部屋ですもんね」


 胸に手を当て、ふぅ~と一息つくマキ。


「なら、もっとこじんまりしたお宿にぃ……」


 マキは晴れやかな表情をした。


「支払いは済ませた。さっさと部屋に行くぞ」


 マキの顎が外れた。


「あっ、あっ、ああっ……」


 満足に言葉を発せられないまま、赤髪の忍に続くマキ。その足取りは重い。


 ま、マジかぁ。普通、こんなとこ泊まる? てか泊まれる? 一体いくらするのか……。金額見たら卒倒しそう。なんで忍さん平気な顔してるの? なんでこんな高そうな宿の代金払えるの? 忍ってそんなに儲かるの? でも、忍さんと出会ってから、お金稼ぐところなんて見てないんだけど。別で何か裏で稼いでるとか? いや、もしかしたら宿主の弱みでも握ってタダに? あり得なくもない。それとも、忍としては稼いでいなくともそもそもお金持ちとか? 実は異国の王子だったり!?


 マキが思考を巡らせている内に、二人は部屋の前まで来ていた。


「ここだな」


 心の準備をしたかったマキに話しかける隙を与えることなく、赤髪の忍は部屋の扉を開けた。


――う、うわっ、まっぶしぃ!


 思わず目を細めるマキ。そしてすぐに見開く。


「な、な、なんじゃこりゃ!?」


 マキは昼間と見間違うほどに明るく、物全てがキラキラと輝く光景に目を奪われる。


「すすっ、すごいですね。なんであの石、光っているんですか!? 宿の入り口入ってすぐのところにもありましたけど」


 拳ほどの大きさで、白い光を放つ石を何度も眺め、発光していることを確認するマキ。


「これはこの辺りでは光石こうせきと呼ばれているものだ。日中に陽光を貯えて発光させる石とされている。まぁ実際はただの魔石の一種だが」


 赤髪の忍の話にそれほど耳を傾けることなく、マキは光石をうっとりとした表情で眺める。


「綺麗ですねぇ~」

「寝る時は備え付けの布を被せておけ」

「え? あ、はい。あっ!」


 マキは窓の存在に気付き、勢い良く開けてみる。さらっとした風がマキの頬を撫でる。そして景色に目を奪われる。


「うわぁぁぁ! 綺麗~!! えっ、ここ高っ! ちょっと怖い。でも綺麗~!」


 少し体を乗り出してはしゃぐマキ。


「やっぱりこの街は夜でもこんなに明るいんですね! 火とは違う明るさですし、街中にもこの石がいっぱいあるってことですよね!」

「まぁ、交易都市だからな」


 赤髪の忍はマキのはしゃぎ様には一切付き合わず淡々と答える。


「この大部屋はマキが自由に使え。俺は奥の部屋を使う。明日からの鍛練に備えておけ」

「え、あっ、はい」


 遠ざかっていく声を聞きマキが振り返った時には奥の部屋の扉が閉まる音だけ聞こえた。


 忍さん、こんな良い景色も見ずにすぐ部屋へ行っちゃったな。やっぱり疲れているんだ! 多分! いつ休んでいるのか分からないくらいだし、ゆっくり寝てもらおう!


 マキは物音を立てないよう気を付けながら夜景を堪能し、何がしたい訳でもなく広い床をゴロゴロ転がり楽しんではいたが、そわそわしたままで眠れずにいた。


 すぐに寝ちゃったら勿体無い気がして全然眠くならない……。貧乏性か、私は! ……貧乏性というか、貧乏だ。

 高そうな部屋だからってだけで眠られないのか? 本当にそれだけ?


 寝転がりながら顎に指を当てていたマキは目を見開く。


――寝顔。


 マキはニヤリとした。

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