第26話 仕事探しは突然に

 僅かに困惑しているように見えた赤髪の忍を不思議に思ったマキだったが、よく分からないため気にしないことにした。

 赤髪の忍もマキの表情から読み取ったのか、仕切り直すように無表情になる。


「さて、今日はどうしますか?」

「今日は忍としての仕事をマキにやってもらう」

「えぇ!? 私がですか!?」

「なんだ? マキは忍を目指すのではなかったのか?」


 そういえばそうでした! 別に忘れてた訳じゃないよ、決して! ちょっと色々ありすぎて頭の隅っこに行っちゃっていただけ! だけど……


「あの……、そもそもの話で恐縮なんですけど、忍っていうのは結局何なんです?」

「……」


 マキはざっくばらんに尋ねた。彼女は忍になると言い赤髪の忍についてきたにも関わらず、忍のことをよく分かっていなかった。


「忍って、私が知っているのはこの国では蔑まれている存在ってことぐらいです」

「その情報だけでよく目指すなどと言ったな」

「ぐっ……、そうですね」


 赤髪の忍は何か諦めたかのように気だるく息を吐いた。


「忍というのは結局のところ、ただの賊と同じだ」

「賊っていうのは山賊とかってことですか?」

「そうだ。賊の一部が勢力を拡大する中で自分達のことを賊と認めず忍と言い張るようになっただけだ」

「そんな卑屈なことあります?」

「あぁ。ムサシは元々刀剣至上主義の国だ。今でこそ刀剣を使わない武術も浸透してきてはいるが、昔は刀剣が全てという極端な国だった。賊とは要するに、刀剣では日の目を見られない者達が結託していった集まりだ」

「へぇ~」

「過去にムサシが賊の掃討作戦を行った時に賊ではなく忍だと言い張って難を逃れたと伝えられている」

「掃討作戦……。そんな恐ろしいことが行われたんですね……」

「増えすぎた賊を始末するため、賊が潜伏もしくは賊の息がかかった可能性のある集落ごと一掃したらしい」

「ひどい! 無関係な人もいたでしょうに……」


 淡々と語る赤髪の忍に対し、マキは表情を強ばらせる。


「忍と名乗った賊達は正面から刀で勝てない武人を闇討ちするなどして力をつけていった。同様にポルツの魔法使いとも対峙しながらちょっとした魔法なんかも覚えていった」

「忍は刀も魔法もそ使えるようになっていったんですね!」

「良く言えばそうだが、実際はどちらも中途半端なものだ。刀剣は武人に敵わず、魔法も不意打ち目当ての低級な幻惑魔法が主流だった。知っていると思うがムサシは魔法を認めない。刀剣で戦えない者が奴らが揶揄する外法に逃げ、正々堂々とは正反対の卑怯な戦い方をしてくる。武人にとってこれ程度し難いこともないだろう。だから忍は蔑まれる存在だと考えられているのだろう」

「武人が正々堂々とか笑わせますけどね」

「信念なんてものはそいつらにとって都合の良い産物に過ぎないからな」

「あははぁ」


 ズバズバ言うなぁ忍さんは。というか、内容もすごいんだけど忍さんがこんなに喋るとは!


 マキは話の内容以上に感心していた。


「忍は剣も魔法も中途半端とはいえ、暗殺などには適した技能を持っていた。だから権力者にとって都合の良い駒として使われながら細々と過ごしてきたんだろうな」


 ん?


 マキは赤髪の忍の話を聞いて釈然としなかった。


「なんか、さっきから少し気になってはいましたけど、忍さんの口振りは他人事みたいですね」

「そうだな。忍といっても各地に存在していた。他の忍のことは知らない。元は一つの組織だったのかもしれないが」

「そうなんですね。でも忍ってそんなにいるんです?」

「今はほとんどいないだろうな。多くが粛清されたはずだ。俺の所属していた組織も俺以外死んだ」

「えっ……。なんかすみません、変なこと聞いて」

「何も謝る必要はない。特に思い入れもないからな」


 マキは赤髪の忍からその発言を聞いた時、彼の表情にわずかな揺らぎがあったことを見逃さなかった。


 今の言葉は多分本心じゃないと思う。ほんの少し、気付かないくらいにほんのちょっとだけ、忍さんの表情が曇ったように見えた。きっと何かはあったはずだ。とても聞くことは出来ないけど。忍さんにだって絶対大切な思い出くらいあるはずなんだ。同じ人間なんだから。


 マキは少しだけ微笑んだ。


「とりあえず忍についてちょっとは分かりました!」

「そうか」

「で、私はどうすれば良いんです!?」

「前に言わなかったか?」

「いや、仕事を探すために噂を流すってことは聞きましたけど、それだけの情報でやってのけたら、私どれだけ有能なんですか!」

「そうだな。そんなわけがない」

「いやっ! それはそれで言い過ぎですけど!」


 赤髪の忍は少しゆっくりと瞬きをした。


「困っていそうな人間を探して声でもかけてみろ」

「……なんか投げやりになってません?」

「……」


 おいっ! 確実に扱い雑になっていませんか? 私、面倒くさがられてる!?


 マキは瞳を潤わせながら顔をしかめる。


 どうせ忍さんは期待してないだろう。いいよ、こうなったら本気で探してやる!


 マキは顔をしかめたまま気合いを入れた。



――マキは物々しいオーラを発して辺りをキョロキョロしながら歩く。赤髪の忍はその後ろを何食わぬ顔で付いてきている。


 助けてほしい人はいねぇがぁ!? 困ってる人はいねぇがぁあ!?


 周囲を睨み付けるようにしながら歩く彼女を通りがかりの人達は不審な目で見つめていく。


 ……。


 助けてほしい人いませんか!? 困ってる人はいませんかねえ!?


 睨み付けたり必死になっていたりと挙動不審な様子のマキに対し、通りがかりの人達は距離を取りながら過ぎていく。


……………………。


 あの、誰か助けてくれませんか……? 今私、とても困っています……


 マキの周りからはパタッと人がいなくなってしまった。


 えっ? なにこれ、すごく辛い。そもそも話しかける難易度が高い……

 もうこれ私が困ってるってことで何とかならないかな!? でないと色々と持たない。


 マキは惰性で歩いていた足を止めると、目を閉じ胸に手を当て、グッと力を入れてから赤髪の忍の方を向いた。


「あ、あのっ、忍さ――

「あのっ! 突然すみませんっ!!」

「ひぇっ!?」


 ふいに一人の女性がマキに話しかけてきた。

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