第16話 疑惑

「……マキが感じたものは俺が貼った結界に触れたことで生じたものだ」

「えぇっ!?」


 忍さんの驚き方を大きく上回る反応をしてしまった。忍さんを驚かせたという、ちょっとした優越感をもっと長く楽しみたかったのになぁ。


「先ほどまで仕掛けていた結界は外側からの感知を阻害するものだ」

「それはつまり、稽古をしていた私達の姿は外から見えてなかった的なことですか?」

「そうだ」

「前の稽古のときは何も仕掛けていませんでしたよね?」

「ああ、――


 ……聞いたことにしか答えてくれない。まぁいつも通りなんだけど。


「……そこまで気付いていたとはな」

「えっ!? いやぁ~ホント偶然気付いただけですよ~、偶然!」


 話が続いていたことに少し驚いたけど、そんなことどうでもいい。なんとあの忍さんが私に感心した! すっごい嬉しい!! 思わず笑みがこぼれるというのは正に今の私だ。ここはキリッとした表情をしたいところだけどニヤニヤが止まらない。


「前の稽古時は、あえて結界を張らずに様子を伺っていた」


 ……。ん? 何この感じ?

 忍さんはいたって真面目に話を続けているだけ。何ならいつもより会話になっているくらい。どこもおかしくはないのに、何故むずがゆいような感じがするんだ?

 いつもなら私が気分良くなったところを一言でどん底まで叩き落とされるわけなんだけど、もしかしてそれがなかったことに物足りなさを感じてしまっている!? 私はいつからそんなにイカれてしまったんだ……。正気に戻れ、私!


「そもそも何を警戒しているんです? 山賊ですか?」

「昨日の朝、マキを担いでいった男だ」

「え!? あの男の人まだ近くにいるんですか!?」

「分からない」

「えぇっ!?」


 一瞬頭がコテンとなった。どういうこと?


「あの男は他の男達と比べて明らかに異質だ」

「それは私も何となく分かります」

「俺はその男をギリギリまで感知できなかった。仮に今近くに潜んでいたとしても気付けない可能性が高い」

「その状況は確かに怖いですね……」

「だから近くに潜んでいることを前提に行動していた。前回の稽古で結界を張らなかったのは、わざと隙を作り揺さぶりをかけてみたということだ」

「私がその人の立場だったら間違いなくその罠に嵌められていました」

「今回の稽古では結界を張って気配を消してみた。だが何も動きは見られなかった」

「気配を消したから気付けずに動けなかったということはないんです?」

「まず考えにくい。感知をかいくぐれる者は感知能力自体にも長けている傾向がある。あの男もそうである可能性が極めて高い。男達との戦闘中にマキの周囲に結界を張ったのも感知能力が高いことを逆手に取ったものだった」

「あ! やっぱりあの時も結界張っていたんですね。通りで、誰一人私に襲い掛かってこないと思いました」

「ああ。あの時は男達が俺の言動に乗せられていたこともあるが、同時に認識阻害の結界によってマキが見えていない状態だった。その状況でマキに近づく者がいるとすればそいつこそ警戒すべきだと判断できる。その男はおそらく気付いていたはずだが何もしてこなかった」

「相手もよほど慎重なんですね~」

「そうだな。今も探りをかけてはいるが一向に姿を見せる気配がない。かなり用心深いものだ」


 その時、私はふと思った。


「……そもそも来てないんでは?」


 忍さんがギロッと私を見た。なんか言ってはいけないことを言ってしまった!?


「その可能性も当然ある。だが用心に越したことはない」

「……でもそれじゃ常に警戒してなきゃいけないじゃないですか。忍さんだってさすがに疲れちゃいますよ?」

「警戒なんてものは呼吸の如く常にしているから問題ない。現にマキがいつ後ろから斬りかかってきたとしても対処する準備は出来ている」


 ……いや、そんなことしませんけど?

 この人どんだけ警戒してんの!? ていうか、私そんなに信用されてなかったのか……。なんか、聞きたくなかったな。


「と、とにかくどこかで見切りをつけません!? これじゃあいつまでもソワソワしてないといけないですし」


 いつも私の投げかけについては即答していた忍さんが、珍しく少しだけ考え込んだように見えた。本当に少しの間だけど。


「それも一理あるのは確かだ。であれば、次の町に着くまでは今の警戒を続けるということでどうだ?」

「それなら全然良いです! そうと決まれば次の町まで気を引き締めていきましょう!」


 忍さんが私の提案を受け入れてくれた! 正直これに関しては絶対折れないと思ってたんだけど。

 おそらく、というかほぼ間違いなく今あの男の人には追われてないだろう。町までどれだけかかるかは分からないけど明るいうちには着くんじゃないかな。ようやくホッとできそう。



――あの日から三日経った。


 もう三日も経ったのだ……

 ねぇおかしくない!? さすがにおかしくない!?

 もう山二つは越えてるよ!? 何なら、この道選べば町ありそうって所が何ヵ所かあったよ!?


 私はあの日、大きな勘違いをしていた。忍さんが言った「次の町」というのを隣の町だとばかり思っていた。

 きっかけはあの日の翌日の昼間、山道を進む中に現れた分かれ道だった。片方は明らかに下りの道だったのに忍さんは逆を選んだ。

 その時はまだ先か~くらいにしか思っていなかったけど、そのあとも似たようなことが続いたからさすがにおかしいと気付いた。


 ……明らかに遠回りしてるんじゃないか?


 そもそも私は野宿が嫌と伝えたのに結局野宿する羽目になるし。……まぁ非日常な感じでちょっと楽しかったっていうのは内緒だけど。

 山道をひたすら歩き、気分転換かのように定期的に訪れる稽古の時間。おかしいよね? 休憩はどこ!?

 もはやそんな生活にやや慣れだしている自分が怖い。太ももとか確実にたくましくなったし。

 さすがに稽古中の体の動きも段々良くなってきた気がする。それでもぶたれ続けるのは変わりないけど。

 嫌と言った野宿をさせられ、山道をひたすら歩かされ、稽古という名の暴力をふるわれる。これは私に対するいじわるなのでは!? 実は忍さん、追い詰められる私を見て楽しんでいるのではないのか!?

 もう三日も経ったんだ。もういい加減我慢できない!


「忍さん!!」


 何もない道中で私は急に立ち止まった。忍さんが振り向く前に背中に向けて言い放った。


「いつまで歩き続けるんですか! 町目指す気ないんじゃないですか!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る