第17話 会心の一撃

 少し強くなった私の口調に忍さんがどんな反応をするのか。そう言ったものの予想通りというか、そこにあったのはただの一切も臆することのない無表情だけだった。


「今日中には着く予定だ」


 私との温度差がありすぎる、あまりに平坦すぎる声色で何だか私の方まで少し落ち着いてしまった。完全に雰囲気に呑まれた。……いやいや待て待て! 私はまだ納得はできていない!


「他の町いくつか通り過ぎてますよね!? 次の町までというのは噓だったんですか!?」

「いや」

「わざと遠回りしてたんですよね?」

「いや」

「私をいじめたいだけだったんですよ、ね……?」

「いや」


 結構深刻な感じで言ったはずなのに全く影響されない忍さん。もはや安心するくらい。問い詰める勢いだったはずなのにどんどん力が抜けてしまった。


「次の町というのは間違いではない」

「私は隣町だと思っていましたけど」

「隣町というのも間違っていない。山を挟んではいるが、前の町からは直線上にあるから隣であると言える」

「いやそれは屁理屈でしょ……」

「……」


 ほんの一瞬だけ刺すような目線が飛んできた気もするけど気にしないでおこう。このままでは埒が明かず、仕方がないので私が折れてまた歩き出した。


 忍さんの言った通り町自体はすぐ見えるぐらいのところまでは来た。もう辺り真っ暗ですけどね。ね!?


「この町はあまり宿屋がなさそうだ。今日はここで野宿する」

「えー、またですか……」


 口では嫌だと言いつつ何だかんだ楽しいと思いながら過ごす三回目の野宿だった。



――小寒いけど爽やかな朝を迎える。


 野宿は何とも不思議なワクワク感があるけど、三回も続くとさすがに体の節々が痛い。……なんかおばあちゃんみたいなこと言っているな、私。

 いや、野宿だから体が痛いんじゃなくて明らかに日中の過ごし方の問題だ。山登りに稽古にと、体をいじめられすぎているんだ。

 体の痛さについては私自身の寝相の悪さもあるのかもしれない。今まであまり気にしたことがなかったけど、ここ二日ほどは目覚めた時にいる場所が寝た時の位置からなんか動いている気がするのだ。まぁ山の中はほとんど景色一緒だから良く分からないけど。

 そんなことより、ようやく町に着いたんだから今日はゆっくり過ごしたいなぁ。


――そんな私のささやかな思いの前には大きな壁が立ちはだかる。


 そう。朝から早速始まる稽古の時間だ。もう毎朝の日課になりかけている。つくづく慣れって恐ろしい。

 まだ目がぼやっとしながら忍さんと対峙する。どれだけ眠かろうが問題ない。どうせ引っ叩かれて目覚めるんだから…………って、それおかしくない!?

 対する忍さんは元気いっぱい、には見えないけど眠そうな感じはない。この人寝るときはいつも座っていてすぐにでも起きそうな感じなんだけどなんで眠くないの? そもそも寝てないんじゃないかと思ってるくらいだけど、一体どんな体してるんだ!?


 風もなく静寂が続く。私が動きだせば稽古が始まる。

 三日間、散々稽古する羽目になったけどいまだに緊張する……。理由は簡単で、痛いのがこわいから。私が動かなければ稽古は始まらず、そのまま終わるんじゃないか?なんてことすら思ってしまう。

 無理もないと言いたい。それぐらいホントに痛いのイヤ! 叩かれ続けてるのにこれだけは全然慣れないんだ……

 慣れない理由も分かっている。忍さんの叩く強さがどんどん上がっているからだ。残念なのは、痛いのは本当に嫌ではあるけどこのやり方が効果的なことを私も体感としてよく分かっちゃっていること。

 稽古を何回やったのかは覚えてないけど、私は一度やらかした。

 忍さんに揺さぶりをかけようとして見事に失敗した際、ここはもう諦めて次の作戦を考えようと思いながら無抵抗で叩かれようと思っていたら、それはもう強烈な一撃を叩きこまれた。


「実戦だったらそれで死んでいる。やられないように寸前まで足掻け」


 無慈悲な一撃とともに忍さんが冷酷に言い放った。足掻くって言われても、やったってどうしようもないんだからそんな理不尽な~とか思ったけど、いや今も思ってはいるけど。ただ、叩かれるだけだと思ってしまっていたのは確かに間違っていた。

 その出来事以降、叩かれる度に少しずつ強さが増していったんだ。忍さんが痛みに慣れさせないようにしたんだろう。


 三日間叩かれ続け、一泡吹かせるどころか吹きそうにしかなっていなかったけど、全く成長していないなんてことはないはず!

 頭を使って動くようになったし、体は半強制的に鍛えられた。

 町に着いた以上、とりあえずこの歩き稽古地獄生活は一旦区切りだろうから今日こそギャフンと言わせてやる!


「いつまで突っ立っているつもりだ。早くかかってこい」

「言われなくてもやってやりますよ!」


 バカ正直な突進では絶対に忍さんは倒せない。体力温存なんてしていたら出し抜けない。

 たった一回の攻撃にすべてをかけるしかない。一か八かの大勝負だ!


「行きます!」


 私は全力で忍さんに向けて走りだす。

 地獄の三日間、稽古と言う名で繰り返された暴力の記憶。その記憶のほとんどを痛みが占める中で何とか気づいた忍さんの癖。

 忍さんはいわゆる「鍔迫り合い」を全くしない。

 私が短刀を振り下ろす時、忍さんは先に叩いてくるだけで絶対に受け止めようとしない。忍さんが手にしているのが木の枝だからというのもあるかもしれないけど。

 唯一可能性があるとしたらそこを狙うしかない!


 私はわざと大きい動きで刀を横に振る。

 その動きを見て忍さんは当然のように私の頭目掛けてカッチカチの木の枝を振り下ろそうとする。

 それを見越した私は足に力を入れて一気に体を回転させながら横へ移動して枝をかわした。


「取ったぁぁぁ!!」


 回転させた勢いそのままに刀を振った。


 やったぁ! ようやく忍さんを出し抜けた! ようやく勝てるん……うぐぅぇぁあっ!?


 一瞬何が起こったのか分からなかった。

 気付いた時には私の脇腹に木の枝が食い込んでいた。

 自分の動き自体に勢いがあったせいか、為す術もなくすっ飛ばされた。


 いったあああっ!!! 飛ばされてすぐは痛くなかったのに、遅れて痛みが追い付いてきたぁぁぁ! 効果があるのか分からないけど、痛みを追い出そうと足をバタバタさせてみる。

 正直今回ばかりはいけたと思ったのに……。精神的にも打ちのめされた。


 これでダメならもうどうやったってムリ。これ以上一体どうしろと?

 何だか気持ちがすーっと抜けてしまった。


「惜しかったな」

「思ってもないことを言わないでください!」


 完全にふてくされてしまった。自分でも思う。


「あの攻撃は悪くなかった。相手が舐めてかかってきていれば仕留められたんじゃないか」

「でも忍さんには効きませんでした」


 当たり前だろ!と自分自身に言いたい。今の言葉は褒め言葉なのに素直に受け止められない。いつまでふてくされているんだ、私。


「俺は舐めていなかったからな。稽古中に一切気を抜いたつもりはない」

「嘘ばっかり……」


 あれ? 慰めてくれているの? いつもの忍さんじゃないみたい。


「常にマキを叩きのめすことだけを考えていた」

「いや、それはおかしいでしょ!!」


 あれ? 私ふてくされていたはずじゃ……?

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